どぶろく――それは、水と米、米麹で造った酒で、米を原料とする酒のなかでもっとも素朴で古い歴史があるという。清酒との違いは、醪(もろみ)を搾る工程(上槽)がないだけ。日本酒の原点ともいえるのだ。
そんないにしえの酒を醸す醸造所が、近年、東京都心に新設されている。その多くが、飲食店を併設しているのも特徴的だ。東京初の日本酒ブルワリーパブ、神田『にほんしゅ ほたる』。現在は清酒も造る、芝『東京港(とうきょうみなと)醸造』。2018年に登場した「WAKAZE(ワカゼ)」による『三軒茶屋醸造所』、20年6月には浅草『木花之(このはなの) 醸造所』が、8月には東京駅構内に『はせがわ酒店』による『東京駅酒造場』が。22年5月には、「紀土(きっど)」の銘柄で知られる和歌山県の清酒蔵・平和酒造の醸造所が兜町に開業予定だ。これはちょっと見逃せない動きである。
三軒茶屋醸造所/WAKAZE TOKYO
日本酒の概念を広げる「WAKAZE」の取り組み
東京のどぶろくシーンのパイオニアで、斬新な挑戦を続ける『三軒茶屋醸造所』。醸造スペースはたった4.5坪。醸すのは、大きくわけて2つ。「どぶろく」と、醪に柑橘(かんきつ)や茶葉などボタニカル(植物性)の副原料を入れて発酵させた「ボタニカルSAKE/どぶろく」がある。24歳の若き杜氏(とうじ) ・戸田京介さんは、自分たちの酒造りをこう語る。
「酒造免許は『その他の醸造酒』です。清酒、ビール、ワイン以外の製造が許可され、幅広い酒造りができます。とはいえ、清酒が造れないからどぶろく、と捉えられてしまうのは違います。私たちがやりたいのは、既存の日本酒の概念を広げて、いろんな方に楽しんでもらうことです」
僕たちが手がけるのは、過去と未来がつながるSAKE
どぶろくは、旨味が詰まり、酸味や甘み、キレが調和したいろんなフックを持ち合わせた味わい。一方、ボタニカルSAKEのどぶろくは、これまでにミルクティー、ラムレーズン、かぼちゃ、コーヒーなどをリリースしてきた。スイーツ好きにも響きそうではないか。
「親しみやすく、お酒を飲むきっかけになれば、と思っています。都市は人が多く、交通のインフラがあり、人の接触回数が増えるメカニズムから新しい創造性が触発されます。創造性ある“SAKE”が造れるのは、都心ならではの利点ですね」
新しいものばかり追いかけているのではない。戸田さんは清酒蔵での修業もし、「過去と未来が一緒に進んでいくよう意識しています」と語る。進化系SAKEの姿がここにある。
『三軒茶屋醸造所/WAKAZE TOKYO』店舗詳細
/営業時間:19:00~21:30(土・日・祝は17:00~19:30・20:00~22:30)/定休日:月~木/アクセス:東急田園都市線・世田谷線三軒茶屋駅から徒歩4分。
木花之醸造所/ALL(W)RIGHT -sake place-
小規模なクラフトSAKEブルワリーを広め、独立を願う技術者が経験を積める場として開かれたのが、『木花之(このはなの) 醸造所』だ。酒造りの要、麹づくりの麹室(こうじむろ)まである。
設立の目的のとおり、初代醸造長は21年、秋田で新しい酒蔵を創業。現在は、佐賀の銘酒「鍋島」で知られる富久千代酒造で経験を積んだ、日向勇人さんが2代目醸造長を務める。
「スケールは100分の1、1000分の1ですが、内容は清酒蔵とほぼ同じです。多くの酒蔵は分業制で情報の橋渡しが難しい面がありますが、ここでは一人ですべてを行うので、造りの細かいアプローチができます。洗米も全量手洗いですが(笑)」
細かい造りの違いで、どぶろくの“粒感”を遊ぶ
日向さんが重きを置くのは、「噛む」と「飲む」の中間のような、どぶろくならではの“テクスチャー”だ。
「米の溶かし具合や使う米によって、さらりと飲めるもの、とろみのあるもの、粒感を楽しめるものなどテクスチャーで遊べます。副原料を入れずとも、精米歩合や製法で細やかな違いを出せるのが面白くて」
実は、日向さんもまた2023年には独立を計画中だ。やっぱり、どぶろくの波はキテるのだろうか?
ブームじゃなく、暮らしに溶け込んだらいいな
「自家醸造が禁止される120年ほど前まで、日本のどの家でもどぶろく造りをしていました。でも、米食から離れていくにつれ、米に派生する発酵食品まで遠くなってしまった。今の流れでどぶろくが再評価されれば、と思いますが、ブームには決してなってほしくないんです。米食や稲作はブームじゃなく、当たり前に地域や暮らしにないといけないもの。もし僕が独立したら、豆腐屋さんやパン屋さんのように、暮らしに溶け込んでいる存在になりたいんです。そうすれば、文化として定着していくのではないでしょうか」
『木花之醸造所/ALL(W)RIGHT -sake place-』店舗詳細
取材・文=沼 由美子 撮影=小澤義人、原 幹和
『散歩の達人』2022年2月号より