イケバスってなに?

さて、イケバスとはなにか? イケバスを運行するWILLER のHPには

池袋の街をゆったり走る、人と地球に優しい真っ赤な電気バス」とあります。乗車店員22名、全長×全幅×全高は5,165×2,105×2710mm。運賃は大人200円、子供100円。

AB二つの運行ルートがあり、Aルートは池袋東口→Hareza池袋→サンシャインシティ→東池袋駅→豊島区役所→池袋駅東口。Bルートは、池袋駅西口→サンシャインシティ→Hareza池袋→池袋駅西口。

それぞれ周回が約40分で、運行間隔は20分。

一見コミュニティバスのように見えますが、ちょっと違うんです。どう違うか、その辺はおいおいご説明できるような気がしますが、何よりイケバスを特徴づけているのは、「最高時速19㎞」ではないでしょうか。

だって19ですよ19! 私が自転車でちょろっと走れば20㎞ぐらいは出ますから、もはや自転車以下。なんてのんきなやつ。こんな時代にこんなに時代に逆行していいのだろうか……と心配になってしまうあなたはちょっと病んでるかもしれません。だから乗ってきました。あなたの代わりに私が。乗車賃200円は自費です。よろしくお願いします

イケバスは意外になかなか来ない

さて乗ったのは12月初旬の月曜日。晴天でした。まずはJR池袋駅東口でバス停を探します。えーと東口……といっても結構広いです。ちょっと探しましたが、バス停はパルコの前あたりにありました。

イケバスのバス停。トータルデザインを感じます。
イケバスのバス停。トータルデザインを感じます。

おお、赤い! 赤くてかわいいバス停です。よく見るとバス停の上に小さフクロウが。これがイケバスのキャラクターですね。芸が細かい!

どうもイケちゃんという名前のようです。
どうもイケちゃんという名前のようです。

結構並んでいるかな?と思いましたが、予想に反して私より前に来ていたのは男性一人だけでした。そしてすでに到着時刻を過ぎているのに、バスはやってきません。やっぱ最高速度が遅いからでしょうか。

ヒマなので、並んでいる男性に話しかけてみました。

―こんにちは!

男性 こんにちは!

話をうかがった武井さんは東長崎在住(36)。
話をうかがった武井さんは東長崎在住(36)。

-お名前教えてもらっていいですか?

男性 武井です。

-ちょっと伺いますが、イケバス何度か乗ってます?

武井 私はもう5回目です。

-す、すごいですね。どうしてそんなに?

武井 私は福祉の仕事についてまして、豊島区役所によく行くんです。その足として使ってます。乗り物好きですし。

-でも平均時速19㎞って、通勤には厳しくないですか?

武井 そうですね。でもちょっと余裕もって出れば大丈夫ですよ。

-なるほど。今日は空いてるようですが、休みの日はたくさん乗ってましたか?

武井 乗ってます乗ってます。この間の日曜なんか14席が全部埋まって、立ってる人もいましたよ。

-ほほ~、結構盛り上がってますねえ。

とかなんとかやってるうちに、ついにサンシャイン大通りの先についに見えてきましたよ、赤いイケバス君が!

ついにイケバス登場!

だんだん近づいてきます……あれ、思っていた以上に小さい車体。しかも思ってた以上に赤が濃い。普通の赤以上に赤くて、しかもピッカピカだから本当によく目立ちます。まあ新しいから当たり前なんでしょうけど、ホントにピッカピカ!

池袋が外国のように見えませんか? 見えますよね。
池袋が外国のように見えませんか? 見えますよね。

われわれの前に止まったイケバス君、スーッと前の扉を開けてくれました(なんだか擬人化)。早速のりこみICカードでピピっと……できません。そうですかICカードには対応してないんですか。わかりました。200円払って乗り込みましょう。

いきなりトリップできる社内インテリア。
いきなりトリップできる社内インテリア。

車内を見渡すと、おお~これはすごい! もはやトランプか絵本の世界。座ってみましょう。ん? 意外とシートは固めです。でも座り心地は決して悪くありません。

席のナンバリングはトランプがモチーフ。
席のナンバリングはトランプがモチーフ。

ドアが閉まります。スーッと走り始めます。スーッと。うーん、さすがは電気バス。ガソリン車のあのブルブル感が全くないので、魔法のようです。

池袋東口をスタートしたイケバス君はちょっと走って、最初のバス停「Hareza池袋」へ。そこからがいよいよ本番です。そこを出たイケバス君は池袋駅東口に戻ってきて、パルコを右に見ながらタカセを左折、サンシャイン大通りへと入っていきます。

池袋駅東口を走るイケバス君。映り込みが素敵です。
池袋駅東口を走るイケバス君。映り込みが素敵です。

なんだか見慣れた景色が全く違って見える。しかも人が走るぐらいのスピードで車が走るという、この新鮮な感覚。正直、最初はなんだか落ち着きませんでした。きっと歩くのでもドライブでもないからでしょうね。車に乗ってるのに遅い、というパラドックス感。

でもそれはおそらく最初だけ。サンシャインシティにつく頃には、遅さにもすっかり慣れてしまい、気づけばちょっと時代に取り残されたように呆けてしまいます。

えーと、このバスどこ行くんだっけ? 今俺何してるんだっけ、今日は何時代だっけ?……とそんな感じ。軽くトリップできますね。危険ですね。

池袋にヘルスセンター発見?

サンシャインシティの奥に不思議な建築を発見しました。なんだっけ、あれ? 近づいていくと「IKEBUKURO PUBLIC HEALTH CENTER」……ヘルスセンター、って入浴施設?

仮なのにかっちょいいです。
仮なのにかっちょいいです。

なわけはないですね。これは池袋保険所(仮)。10月にできたばかりの新保健所で、2024年までの仮施設なんだとか。しかし「仮」とはいっても、おしゃれです。なんだヨーロッパの街並み的雰囲気。ここだけ空が抜けているのもグッドです。ここを赤いイケバスが通ると……なんてイケてるんでしょう!

黄色いのもあるそうです

武井 黄色いのもあるんですよ、知ってますか?

—あ、武井さん。そこにいたんですね。失礼。トリップして忘れてました。黄色って、ドクターイエローみたいなもんですか?

武井 違うと思います。全部で10台あって、黄色いのが1台。私もまだ一度も乗ってません。

—いろんな仕掛けがあって、わくわくしますね。ちょっとコミュティバスとは思えない。

武井 このバスをコミュニティバスだと思っている人も多いようですが、私はむしろ観光資源だと思います。区の狙いはそっちなんでしょうね。あ、もう着いちゃいました。では失礼します。いい記事書いてくださいね。

武井さん(36)は東池袋停留所で降りていきました。ありがとうございました。ワンデーならぬ、ワンアワートリップ。幸せな1時間を満喫させていただきました。

デザイナー水戸岡鋭治、多いに語る

さて、ここから先は11月1日に行われたセレモニー&試乗会会場からお伝えします。

11月1日、Hareza池袋(旧豊島区役所跡地)で行われたセレモニー。
11月1日、Hareza池袋(旧豊島区役所跡地)で行われたセレモニー。

実は私はイケバスのデザイナー・水戸岡鋭治先生とはちょっとした知り合いです。

交通新聞社新書に「水戸岡鋭治の正しい鉄道デザイン」(2009年)というタイトルがありますが、その編集担当は私なのです。ちょっと自慢です。でもこの本を編集したとき、一つだけ後悔がありました。それは一度も水戸岡デザインの車両に乗ることなく本が出来上がってしまったことです。

水戸岡さんは日本を代表する鉄道デザイナーですが、その仕事のほとんどはJR九州。ぶっちゃけ九州まで行って試乗する経費がなかったのです。外部編集スタッフが水戸岡さんの仕事をよく知っている人だったのでそれでいいよね……というわけで私は「つばめ」も「ソニック」も「ゆふいんの森」も九州新幹線も一度も乗る間がなく本ができちゃったのです。ああ悔しい!(その後自費で行って乗りまくってきましたけどね)。

テープカット直後の高野区長と水戸岡さん。二人ともご満悦でした。
テープカット直後の高野区長と水戸岡さん。二人ともご満悦でした。

この日のセレモニーはなかなか立派でした。司会はフジテレビの笠井信輔アナ。高野之夫区長を筆頭に、WILLER 代表取締役の村瀨茂高さん、そしてドーンデザイン研究所所長の水戸岡鋭治先生などが列席してのセレモニー、テープカット、さらに試乗会とつづきます。試乗会終了後、ちょっとだけ水戸岡さんに話を聞けました。下記はそのおおむね一部始終です。

終始ご機嫌だった水戸岡さん。
終始ご機嫌だった水戸岡さん。

―水戸岡先生、おめでとうございます。ついに地元・池袋に進出ですね。

水戸岡 水戸岡

えーと。(誰だっけ的表情)

―交通新聞社の武田です。

水戸岡 水戸岡

(そういう人もいたっけな的表情)ああ、お久しぶりです。でも僕の事務所(ドーンデザイン研究所)は板橋区だからね。

―そうでしたか。よく要町から歩いたので、豊島区と思い込んでいました。しかし、イケバスかわいいですね~。なんかモチーフとかあるんですか?

水戸岡 水戸岡

(にんまり嬉しそうな表情)モチーフはブリキのおもちゃ。昭和30年代の懐かしいあの感じ、あの素材感を出したかったんです。

―はい。よく伝わってきます。それにしてもピカピカですね。

水戸岡 水戸岡

(よくぞ聞いてくれた的表情)こいつは磨きかたが普通じゃないんです。写真撮るとわかるでしょ。映り込みがすごいでしょ。この塗装、ななつぼしと一緒なんです。こんな塗装、普通はしませんよ。

―デザインもいいですね。シンプルなようで凝ってますね。

水戸岡 水戸岡

(こいつ意外にわかってるな的表情)このコーナーのアールみてください。これが直線じゃつまんない。ちょっとアールになっていると全然違って見えるんです。なんでもないようで、この細かいところが大事なんです。

―小さいながら水戸岡ワールド全開ですね

水戸岡 水戸岡

今回はゼロから作ったからね。シンクトゥゲザー製のタイヤが10個ついた車体ユニットだけがあって、それ以外は全部私がデザインしたんです。外も中も。

―赤色も先生のアイデアですか?

水戸岡 水戸岡

(ちょっと悔しそうな表情)いや、それは高野区長ということで。赤ということは決まっていたけど、どの赤にするかは私が決めました。いい赤ってなかなかないからね。結構濃いでしょ。太陽に負けないいい赤でしょ。

―先生のことだから今回も凝りに凝って予算オーバーですよね?

水戸岡 水戸岡

(なにを小さいことを言うな的表情)僕の仕事はいつも予算オーバーするんです。でも、とにかく最高のものを作る。オーバーした分は皆でシェアしてね。だって、みんなお金だけじゃないでしょ。名誉や達成感も欲しいじゃないですか。僕はそういう人としか付き合ってない。職人も一緒になって、最高のものを作ろうよっていうね。あまりおカネにはならなかったけど、結果的にいいものができて、家族や子供が喜んだとか、それが大事なんです。今の日本は会社の利益ばっか見てて、それがない。このバス見て、よそんちのバス見てもらえればわかるけど、全然違うってわかりますよ。

というわけで、久しぶりにお会いしましたが、相変わらずの水戸岡節が聞けて楽しかったです。またこのイケバスプロジェクト、水戸岡さんはバスだけでなく、バス停、サイン表示、関連グッズ、いくつかの公園施設などをトータルで手掛けているそうです。お見それしました。私の顔と名前が一致しているか否か、やや微妙な気もしましたが、まあ、小さいことは言いますまい。

想像以上に水戸岡ワールド全開だったイケバス君とその仲間たち。どうです? イケてますよね~。まだの人はぜひお乗りください。そしてトリップしてください。日常に戻ってくるのにちょっと時間がかかるかもしれませんが、そのあたりは自己責任でお願いします。

取材・文・撮影=武田憲人