散歩は本当に健康にいいのか
岩田勇樹 先生 Iwata Yuki
体育大学卒業後、トレーナー養成学校で学び、フィジカルトレーナーとして活動中。一般人からアスリートまで幅広い年齢層を対象に、フィジカルとメンタルの両面を大事に指導する。フィジカルトレーナー協会所属。

「散歩は、ウォーキングとは違い、本来の目的は健康ではなく楽しく歩くことですね」

頼もしい笑顔の岩田勇樹先生は、開口一番、素晴らしい直球を投げてくださった。まさに!

「僕も街ブラが好きで、たまに商店街を歩くのですが、景色を見たり、寄り道しながら進むので速度はゆっくり。心拍数が上がる運動にはなりません。でも、歩くことで、下肢の関節と筋肉をしっかり動かしています。この下肢に注目してみましょう。ところで、散歩前に準備体操をしていますか?」

準備体操とは、まさかの展開。していないどころか、しようという発想すらなかった。実は大事なんですよと、ウォーミングアップの必要性を語り始めた。

力を発揮したい部分にスイッチを入れて出発

これから歩くよ!と体に伝えて出発しよう。
これから歩くよ!と体に伝えて出発しよう。

「散歩の前は、下肢の3つの関節、股関節・膝関節・足関節をしっかりと動かし、筋肉を温めて、力を発揮したい部分にスイッチを入れてあげましょう。関節は、動かすと内側の骨膜から潤滑油が出てきます。この潤滑油がないと動きが鈍く、痛くなることもあります」

目には見えない潤滑油だが、準備体操をしているうちに、関節が滑らかになってくるとそれが出ている証拠。準備体操のほか、出発前のシャワーも温め効果があるという。筋肉を包む筋膜は温度が上がると粘り気がなくなり、動きがスムーズになるのだ。動きがよくなると、楽に歩けて、不慮の転倒も防げる。

「歩くとは、アクセルとブレーキの繰り返しです。 進むからには止まらなければなりません。 そこで活躍するのが、 お尻の筋肉、 腿(もも)の裏と前の筋肉です。ブレーキに必要な筋肉を確認するためにも、ほんの5分でいいので、準備体操を、ぜひ」。

自分は絶対転ばないと過信せず、準備体操を侮るべからずだ。

正しいフォームで無意識に重心移動する

ウォーミングアップ完了、関節と筋肉に「今から動かすよ」と伝えたら、出発だ。
「そう慌てずに。出発前には正しいポジションを確認します。上半身は、股関節の真上にしっかり置く。これがいいポジションです。肩の力を抜いて、背中を丸めず、頭のてっぺんが上から引っ張られているように」

そうイメージしながら、一歩を踏み出す。

「足の裏に重心を置いて立っている状態から、片方の足裏が地面から離れる。転倒しないよう瞬時、無意識にもう片方の足が一歩前へ出る。その繰り返しが歩行です。ゆっくりやってみると、重心の移動を使って歩いているのがわかります」

無意識で続けている重心の移動だが、いま一度、意識して、正しい歩き方を教わりたい。

「では、 やってみましょう。 まず、踵(かかと)から着地、少し外側へ乗って、最終的に親指側へ抜けていく感じです。 重要なのは、 左右の脚が、股関節から膝、 爪先と一直線上になるように。足幅に平行する2本の線上を進みます」

ファッションショーのモデル風に1本線上をくねくねと歩くのはNGだし、よい姿勢を意識し過ぎると、無駄なエネルギーを使い筋肉が緊張して疲れる。

「ピシッと歩くのは、逆に不自然なんです。現代は、周囲に直線のものが多いのですが、それは人間が作ったもの。無理にまっすぐすると不自然になります。頭のてっぺんが上から引っ張られる感じで、というくらいがちょうどいい表現かもしれません」

あちこち気にするとしかめっ面になりそうだが、表情は柔らかく、ナチュラルスマイルで歩こうではないか。

股関節から膝、爪先をまっすぐ1直線に。左右の爪先から延びる2本の線上を歩く。「 表情も大事! 自然な笑顔で歩きましょう。」
股関節から膝、爪先をまっすぐ1直線に。左右の爪先から延びる2本の線上を歩く。「 表情も大事! 自然な笑顔で歩きましょう。」

たまには欲張って負荷をかけてみる

散歩は、筋肉を鍛えるトレーニングではないが、少し欲張り、楽しさにプラス、少し鍛えてみると、より健康になりそうだ。

「そんな時は、基本の散歩の間に、わざと速く歩いたり、ゆっくり歩くのを繰り返してみてもいいでしょう。大股で歩く、上り坂や階段をコースに入れるのも名案です。つまり、心拍数を上げて、意識的に筋肉を使う。人は環境に適応する生き物なので、いつもの速度や歩幅だと体は慣れてしまっていて、プラスにならない。インターバルトレーニングのような方法は、体脂肪の燃焼にも有効です」

例えば、次の電信柱まで速歩きでとか、大股でとか。目標の目印を作って歩くといい。

「特に見たいものがないエリアなどは、速足にしたりね(笑)」

体にいつもとは違う刺激を与えながら、散歩を楽しむ。なんとも新しい発想だ。

同様に、 いろいろな動きも、ぜひ試してみよう。なんば歩きや後ろ歩きなど、ユニークなものもあるが、普段あまり使わない関節や筋肉を動かすことで、それらの衰退を防ぐメリットがある。

なんば歩き。重心を低くして、右手と右足、左手と左足を同時に出す。
なんば歩き。重心を低くして、右手と右足、左手と左足を同時に出す。
ヨコ歩き。体を横に向けて、前進するときのように手足を動かす。
ヨコ歩き。体を横に向けて、前進するときのように手足を動かす。

さらにもっと運動効果をあげて体脂肪を燃焼させたい人へのアドバイスもうかがった。

「インターバルを入れるタイミングを気にしてみてください。歩き始めからしばらくは、糖質がメインで使われます。同時に脂質も使っているのですが、20分経過する頃から、逆転。脂質がメインになり、体脂肪の燃焼効果が見込めるようになります。つまり、ここで心拍数を上げると、さらに効果的なのです」

体脂肪を燃やしたい時は、20分経過したら“電信柱インターバル”! 覚えておきたいポイントだ。

「さらに、筋力アップを求めるのなら、1〜2時間続けて歩くよりも、1時間歩いて次の30分はトレーニングをおすすめします。散歩だけでは筋力向上は期待できませんが、活動量を上げてから筋肉トレーニングをすると、効果ありですね」

いつもより負荷をかけ心拍数をアップさせたい時は、あえて階段や坂道を選んで進もう。
いつもより負荷をかけ心拍数をアップさせたい時は、あえて階段や坂道を選んで進もう。

水分のとり方・呼吸の仕方

どんなときも忘れてはいけないのは水分補給だ。摂取のコツをうかがった。

「人の体はおよそ60%が水分です。水分は、体温調整はもちろん、最初にお話しした潤滑油の元にもなる。さらに歩き続けると、呼吸や発汗により自然に水分が蒸発します。一般的に、運動の4時間前に、体重の5〜7%㎖の水を摂取するのがいいと言われます。70㎏の人なら、×7で490㎖です。でも実際には4時間前に飲むのは難しい。目安としてペットボトル1本分のお水を飲んでから出発するといいでしょう。ただし、体は1時間あたり1ℓ程度しか吸収できないのでがぶ飲みは避けましょう。水がベストですが、1時間以上継続して歩く場合は、 スポーツ飲料も有効です」

出発前にこそ飲むべきだったとは。途中でトイレに行きたくならないようにと控えてしまうのは、禁物なのだ。

散歩時の呼吸についても、知りたい。

「呼吸の方法は、心拍数が影響します。まずは自然に任せて、鼻呼吸で歩きましょう。歩くスピードが上がってきたら、口呼吸になっても大丈夫。鼻呼吸より口呼吸の方が酸素を多く吸うと覚えてください。肺の役割は酸素と二酸化炭素の交換なのですが、酸素がいっぱいになり過ぎると、体の中の㏗が偏ってしまう。吸いすぎないためにも鼻呼吸がいいのです。
なんて、複雑にアドバイスすると難しく考えてしまいますよね。自然でいいんです。自然な呼吸を心がけてくださいね」

いつもより負荷をかけ心拍数をアップさせたい時は、あえて階段や坂道を選んで進もう。

股関節から膝、爪先をまっすぐ1直線に。左右の爪先から延びる2本の線上を歩く。

表情も大事! 自然な笑顔で歩きましょう。

自然に無理せずクールダウン必須

岩田先生は、歩き方も呼吸も、自然がいいと伝えてくれる。自然を心がけると、服装も締め付けがなく快適なウエアを選ぶのがいいとわかる。寒い冬は、熱を奪われないように、帽子やマフラー、手袋を求めるのも、ごく自然なこと。では靴は?

「靴選びは難しいですね。大前提として、安定性のある靴、ソールに柔軟性があるものがいい。でも、足の形、癖は十人十色です。後ろから見て、足首から上の角度など、普段気にかけない部分に個人差があり、足裏の体重のかけ方が違ってくるんです。自分の足に合う靴を選ぶには、靴の専門家に相談するのがベストでしょう」

 

体に合った靴選び

足首が靴の形を選ぶひとつの目安に。回内は足のアーチの内側、回外はアーチの外側でそれぞれ接地する傾向が。
足首が靴の形を選ぶひとつの目安に。回内は足のアーチの内側、回外はアーチの外側でそれぞれ接地する傾向が。

足に合う靴を履くと、心地よくたくさん歩きたくなり、万歩計の歩数の記録が気になる。1日1万歩などとも言われるが、果たして目安はあるのだろうか。

「数字より、時間を気にしてほしいですね。普段1000歩も歩かない人にとって、1万歩はハードルが高く、急に負荷をかけることになります。通勤の徒歩合計タイムが10分だとしたら、それ以上歩きましょうね、と伝えたい。いつもよりちょっとたくさんが、健康の秘訣です」

歩く時間帯も、人それぞれでいいと、岩田先生。

「人それぞれライフスタイルが違うので、朝がいい、夜がいいと一概に言えません。でも、タイミングで伝えるなら、起きたとき(朝でも夜でも)に体を動かすのは効果的」

そう聞くと、なんとも気持ちが楽になる。

もう1つ、気になることがある。散歩時の荷物だ。手ぶらではないとき、左右均等になるリュックがいいとは思うが、いちいち背中の荷物を出すのは面倒。必要なものをすぐに取り出せるトートバックを肩にかけることもある。すると、バランスが悪く、健康に悪影響を及ぼすのではと、心配になる。
「もちろん、リュックやウエストポーチをおすすめします。でも、荷物のせいで体が傾くとか、『姿勢が悪い』という呪いを自分にかけたりすると、ストレスになります。人はもともと左右非対称の生き物。気にし過ぎる必要はありません」

やさしく話す岩田先生は、注意すべき2つのポイントを伝授してくださった。
「1つは、同じ側だけで持ち続けないこと。骨盤や肩が傾くし、持つ側の筋肉が緊張しすぎてしまいます。意識して、時々持ち替えてください。もう1つは、帰宅後にきちんとケアすることです」
これで、古本を買い込んでも、畑の直売所で太腿みたいな大根を買っても、大丈夫。

というわけで、散歩後のクールダウン、ストレッチも忘れずに行いたい。
「足回りのストレッチが大事です。筋肉を伸ばす時は、大きく息を吐きながら~。楽しく散歩した後は、気分が高揚して交感神経が優位になっているはず。副交感神経が優位になるように、深い呼吸をしながら、体をリラックスさせましょう。下肢の関節、筋肉をはじめ、重い荷物を持った肩まわりは、しっかり丁寧に。汗をかいていたらお風呂に入るのもいいですね。リラックスすると、副交感神経がさらに優位になり、疲れも取れます。お風呂でのストレッチも有効です」
散歩のゴールに銭湯に立ち寄るのは、理にかなっているのだ。

※正しい姿勢と歩き方の詳細や、気になる食事についての知識など、続き・詳細は『散歩の達人』2021年2月号に掲載されています。

取材・文=松井一恵 撮影=鈴木愛子 イラスト=オギリマサホ
『散歩の達人』2021年1月号より一部抜粋