「にらむ目」ステッカーの歴史
目のイラストをあしらったステッカーは、確かに以前から街に存在していた。それはおもに防犯を意識したもので、ある意味定番のデザインとも言える。中には実写の目を用いて放置自転車を禁止した神戸のような例もあったが(Sankei Biz「“目力看板”神戸で議論呼ぶ 放置自転車激減、効果抜群も「子供泣く」」)、インパクトが強烈過ぎたようで、全国的に普及するまでには至っていない。
威圧感が増す隈取デザインの登場
近年、東京の街中で多く見られるようになったのが、歌舞伎の隈取を施した目がにらんでくるものである(冒頭の現金輸送車の「にらむ目」ステッカーもこのタイプであった)。この隈取デザインが誕生したのは2005年。石原慎太郎都知事(当時)が自らデザインに関わったと報じられた。
石原都知事本人の「この頃、幾つかのあれに張ってあるでしょう、歌舞伎の暫(しばらく)の。で、あれ(※庁有車や民間事業車などの車体に貼ってある防犯用ステッカー『動く防犯の眼』のこと)、最初に持ってきたらね、いいなと思ったの。でも、ちょっと目をつり上げたほうがいいかなと思ったらね……」(石原知事定例記者会見録・平成21年4月10日)という発言にもあるように、歌舞伎十八番である暫が念頭に置かれたものである。
伝統的に「にらみ」を行う歌舞伎の隈取デザインの方が(片方の黒目をグーッと寄せる、本来の歌舞伎の「にらみ」とは異なるものの)、普通の目がにらむデザインよりも違和感が少ないから採用されたのだと思っていたが、「より威圧感が増すから」というのがその理由であった。
この「にらむ隈取の目」は、児童を狙った凶悪犯罪を防ぐ目的で、都の所有車や宅配業者などの車に貼るために作成され、『動く防犯の眼』と命名されて現在も利用されている。
冒頭にも挙げたように、現在では『動く防犯の眼』は車のみならず、動かない公共施設の掲示板や駅の壁などにも貼られて、すっかり街の風景の一部となっている。『動く防犯の眼』のパロディステッカーまで登場する始末だ(ちなみに東京都では『動く防犯の眼』のデザインを無断で改変したり頒布したりすることを禁じている)。しかも、監視されているのは児童を狙った不審者だけに限らないようなのだ。
「にらむ目」は、我々の行動の何を咎め、何を訴えているのだろうか。

その目は何をにらんでいるのか?
まず犯罪全般を禁じるもの。「誰か見てるぞ」と、監視者の存在をアピールするものも、抑止効果を狙ってのことであろう。
一方、個別の行為について禁じる場合もある。地下鉄駅のゴミ箱の上には「テロを許さないみんなの目」という隈取ステッカーが貼られていた。横断歩道のない道路には「あぶない!わたるな」という幕が、ゴミ捨て場には不法投棄を禁じるステッカーが、スーパーには「万引きは必ず警察に通報します」というポスターが貼られ、その場で起こりそうな犯罪についてピンポイントでにらまれている。
その他にも盗撮、振り込め詐欺、空き巣……と監視される犯罪は数多い。「事故多発注意!」という隈取プレートは、事故を起こす人をにらんでいるのか、或いは事故に遭わないようににらんでいるのか、にらみの対象が少々わかりにくい。
こうした「にらむ目」が増加するにつれ、犯罪を起こす気のない多くの人にとっては、わけもなくにらまれる機会が増えるのである。それはあまり気分の良いものではない。この「にらみ」が実際に犯罪を起こそうとしている人の心に響いて、思いとどまってほしいなぁ……というわずかな希望を胸に、人と目を合わせるのが苦手な典型的日本人の私は、今日も「にらむ目」からそっと目をそらす。
絵・撮影・文=オギリマサホ