駅に向かう道のちょうど曲がり角にある塀の真ん中、目の高さより少し下に掲示物が剥がれた跡が残っていました。痕跡タイプの無言板です。
遠目に見えたときから、ここに投げてみろと言わんばかりの無言のメッセージの圧を感じました。真っ直ぐに歩いていってちょうど18メートル半くらいのところで足を止めます。
高めのストレートか。
膝に手を置いて少し身をかがめ、帽子のつばに手を当てたり首を左右に振ってみたりしたくなりましたが、もし人に見られたら困るのでそっとシャッターを押すだけに留めました。
一度ピッチャーのスイッチが入ると行く先々でいろんな局面が立ちはだかります。
今度は内角高めでしょうか。右にそらすとデッドボールどころか延々とボールが道を転がってしまうという難しいコースです。これは投げたくない。きびすを返して立ち去ります。
牛タンのお店がいっぱいだったので外で順番待ちをしようとしたら、またしてもストライクゾーンの出現です。
ちょっと狭いですが、見えないキャッチャーからここは直球ど真ん中で攻めろという無言のサインが伝わってきます。
高めに放ると提灯に当たって大惨事になりかねません。ここは安全に低めに投げたい感じもします。
黙ってそんなサインを心の中で交わしていると客待ちの順番が回ってきました。ピッチャー交代! ベンチに戻る選手のように小走りに入店します。
ちなみに牛タン屋のランチは美味しかったです。
今度は路上にホームベースが出現。キャッチャーになった気分でしゃがんで撮影してみました。
形は五角形ではありませんが、大きさといい、向こうにあるマウンド(あくまで仮想)からの距離といいこれはなかなかいい感じ。自宅の前だったら実際にここで子ども相手に投球練習をさせてしまいそうです。
そんな妄想を膨らませながら歩いていたら公園でこんな現場に出くわしました。コンクリート壁に無数のボールの痕跡です。
ポスターの剥がれた跡は高すぎて投球練習用のストライクゾーンの役割は果たしていないのですが、グラウンドのすぐ脇という立地条件ゆえでしょう。ボールを壁に当てて練習した跡でいっぱいなのです。
野球のボールだけでなくサッカーボールの大きな跡も見えます。現存する歩きタバコとポイ捨てを禁止するポスターはちょうどキーパーの頭上の高さくらいでシュート練習の格好のターゲットになっているのかもしれません。
剥がれたポスターに何が書かれていたのかはわかりませんが、いずれこの壁には「ボールを当てないでください」というポスターが貼られるのではないかという嫌な予感もします。街中でする球技は空想の中だけに留めておいた方がよさそうです。
というわけで、心の中ではいつでもプレイボール!
写真・文=楠見 清