1950年創業、亀有の歴史を見つめてきた昭和の食堂
『こち亀』の両さんの銅像がお出迎えしてくれるJR亀有駅北口に降り立った。そこから商店街を歩くこと3分、1950年創業の『常盤仙食堂』が見えてきた。
店内に入ると壁に張られた短冊のメニューや、テーブルの擦れ方に店の歴史を感じる。
「創業した当初は戦後間もない頃で、酒を主体に料理を出すような店でした。その頃はまだ食事をしたりするのに配給券が使われていたそうです」。こう話すのは3代目の店主・齊藤篤(あつし)さんだ。
この辺りには日立など大手の工場があり、そこで働く人たちを受け入れる飲食店がたくさんあったが、現在は移転しその代わりにマンションが増えた。
「昔はね、毎朝店の前の道を歩く人の足音で目が覚めたものです。今もこの街にはたくさんの人がいるけれど、昼間は亀有の外に出てしまう人が多いみたいですね」
初代は酒が主体の店、2代目からは軸足を定食店に変え、現在に至る。
ちなみに店名の由来は?
「亀有駅がある常磐線をもじった名前だけれど『常』=いつも、『盤』=(下が“皿”の方の漢字を使い)皿の上においしいものを、『仙』=人が山のように集まりますように。そういう意味が込められているんです」と、齊藤さんは話す。
命名にも初代店主の洒落っ気が伝わってくる。
今は体調が悪くて店に出られない2代目の妻で齊藤さんの母については、「母にとって店は生きがいだから」と話す。その言葉の奥に店をつなぐ責任感がにじんでいた。
70年以上引き継ぐぬか床と毎朝ひく出汁
創業から70年以上、今なお地元で愛されてきたこの店。
齊藤さんは先代から受け継いだ言葉を今も胸に刻んでいる。
「よく、『定食屋なんだから、ご飯と味噌汁はおいしくなくちゃダメ』と言っていましたね。だから米はコシヒカリ100%だし、味噌汁も毎日出汁をひいています」
また創業以来、受け継がれる味がある。
ひとつは、今も大切にしているぬか床だ。すべての定食につく『常盤仙食堂』の名物と言って過言ではない特別なものだ。
「今はバケツくらいのサイズなんだけど、昔は大きな樽で漬けていたんです。母(2代目の妻)がこだわって、毎日混ぜて大切に管理していました。ぬか床にいろいろ混ぜていたりもしていましたね」
健康なぬか床を保つには、毎日かき混ぜることで味が育つ。それを70年以上もかかさないのだから、ひと切れのキュウリやダイコンがありがたく見えてくる。
もうひとつは、冷奴のタレだ。
初代から伝わる自家製ダレで、醤油をベースにショウガやカツオ節などを合わせたもの。近所の豆腐店から仕入れるという豆腐は、かつてはビールと冷奴を目当てに毎日通う常連もいたという。定食にプラスするおかずとしても人気が高い一品だ。
脂ののった鮭かまとコシヒカリ、うまさの無限ループ
さて、待ちに待った実食タイム。
どれもおいしそうで端から端まで食べてみたくなる。
フードファイターじゃあるまいし、全品制覇は難しいので齊藤さんに人気ベスト3を聞いてみた。
1位は、良心的な値段の日替わりサービス定食700円。2位はカレーライス750円。「うちのは辛いです! 今も味のブラッシュアップ中です」。そして3位は、創業当時からあるまぐろぶつ切り定食800円。
ほほう、いいじゃないですか! 日替わりサービス定食は、肉や魚のバランスだけではなくて、焼く、煮る、揚げる、炒めるなど調理方法も続かないように変えている。だが、この日はすでに完売していたので日替わり定食Bの鮭かま750円を選んだ。
「マグロは豊洲市場だけど、そのほかの魚は松戸の南部市場の馴染(なじ)みの店で仕入れています。もう何十年もの付き合いなんですよ」
味噌汁をひと口飲んで、鮭の身をほぐしてコシヒカリの上にのせた。
脂がのった鮭で、ご飯がどんどん進む!
鮭、米、また鮭……。
骨や皮、薄い膜についた身まで箸でつまみ、夢中でごをかき込んだ。
そして、忘れちゃいけない名物の冷奴。
木綿と絹ごしの間のほどよい固さとなめらかさがある豆腐に、秘伝のタレをつけて食べたら、あらまああっさり。調合した薬味や調味料のせいかコク深いうまみやら、醤油の塩気、酸味などが複雑に混じり合い、絶妙にうまい。ひとつ、ふたつと豆腐を口に運びたくなった
冷奴のタレの複雑な味わいは、いぶし銀のぬか漬けにもどこか通じる。長い年月を重ねた酸味とうまみが野菜にしっかり染み渡っている。まさに、ここでしか食べられない味だ。
今や数少なくなった昔ながらの食堂。手作りの温かさや、時間が育てた味わいがひとつのお盆にのせられていた。
食後にセルフサービスの麦茶を飲みながら、明日の日替わり定食は何かな? と考えたらおなかがぐ〜と鳴った。
取材・文・撮影=パンチ広沢






