パリッコ
パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』『ごりやく酒神社で一拝、酒場で一杯』など。近著は、ラズウェル細木氏、スズキナオ氏との共著となる『そこそこでいいんだよ「酒のほそ道」の名言』(スタンド・ブックス)。

東京都足立区の青井という街を初めて訪れたのは、ちょうど10年前のことだった。漫画家の清野とおるさんと二人であちこちの街に出かけていって飲み歩くという某雑誌の連載企画があり、その一環でふらりと、知らない街だからというくらいの理由で訪れた。ところがその夜、最終的にたどり着いたカラオケスナックで一生忘れられるはずもないカオスな状況に巻き込まれ、ここが自分にとってとても印象深い土地になってしまった。その日のカオスの詳細はここでは省くとして(ご興味があれば共著『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』に詳細があります)、実はこの青井という街が、通えば通うほどにハマってしまう底知れぬ魅力にあふれているのだ。

駅からすぐの場所にある東から西まで600mほどの「兵和通り商店街」がメイン通り。と言っても、広い通り沿いにちらほらと個人店があるだけの牧歌的な雰囲気だ。ただ、その一軒一軒が濃い。今回は、個人的に好きな店のなかから4軒をめぐってみた。

おいしくてリーズナブル。飛び込め青井酒場

青井に来ると必ず1軒目に寄るのが『五月』。ここは希少な「生ホッピー」が飲める店で、瓶とは違うなめらかさを一杯目に味わうのがお決まりだ。壁じゅうに貼られた手書きの短冊メニューが見応え満点で、どれも驚くほど安い。この日は夏が旬だという新潟産のブランドなす「十全なす焼き」と「うなぎ玉子とじ」を注文。油で照り輝く丸っこいナスはとろりと甘く、しょうが醤油がよく合う。ウナギは熱々の鉄製のスキレットでやってくる柳川風で、500円以下にしてちゃんとウナギがたっぷり。

『五月』の生ホッピー550円。
『五月』の生ホッピー550円。

続いて、看板には「立喰い!!」とあるがきちんと席がある、カウンター数席だけの小さな寿司屋『信濃川』。お話好きなご主人は16歳から仕事を始めたこの道63年の大ベテラン。この店を始めたのは1977年で「当時からある建物はうちだけになっちゃったよ。寂しいもんだね」と語りながら、うまい寿司を握ってくれた。店名からも分かるとおり新潟県のご出身で、酒も「八海山」や「越乃寒梅」などが中心。街の歴史について聞きながら飲む酒が、しみじみとうまい。

『信濃川』の特上にぎり1242円、「八海山」650円。
『信濃川』の特上にぎり1242円、「八海山」650円。

どこまであるんだ底知れない街、青井

商店街からちょっと外れるが、駅近の『キッチンアオイ』もすごい店だ。弁当、総菜、パンのテイクアウト販売に加え、店内は定食屋でもあって居酒屋でもある。「生ビール」が480円で、2杯目からは400円になるサービスに涙が出る。イカフライ、コロッケ、からあげが一つずつのる「ミックスフライA」は、なんと330円。驚くのはまだ早く、これが熱々の絶品で、ご主人に感動を伝えたら「だって、今揚げたんだもん」と事もなげに。

『キッチンアオイ』のミックスフライA。これで330円。揚げたてだ。
『キッチンアオイ』のミックスフライA。これで330円。揚げたてだ。

あまりにも素っ気ない外観で、のれんがかかっていなければ酒場なのかどうかも分からない『なべちゃん』が、これまた奇跡の名店。5年前にこの店を開いた。店主は地元出身で、結婚して姓は変わっているものの、旧姓由来のあだ名“なべちゃん”が定着しすぎ、分かりやすさ重視でそのまま店名にしたのだとか。アットホームで、地元の酒飲みが集まる社交場のような店。しかも、失礼ながら外観からは想像できないほどに料理がうまく、自家製の「お新香」に「たらの唐揚」にと、食べるたびにうっとりしてしまう。

たらの唐揚。ふわふわ。
たらの唐揚。ふわふわ。

そんな夜の顔がある一方で、毎月第4日曜日に開催される朝市や、夏の「青井の夜会」、秋の「ハロウィンパレード」などは、地元民を中心に大にぎわいになるらしい。『なべちゃん』で聞いた話によると、駅周辺にはちらほらと、老舗から新店までスナックも点在しているらしい。底知れない街、青井。次はいつ飲みに行こうかな……。

生ホッピーが飲める理想の大衆酒場『五月(さつき)』

「生ホッピーをやりたかったんです」というご主人と。
「生ホッピーをやりたかったんです」というご主人と。

かつてはご主人とフィリピン人の奥様が営む人気酒場だったが、数年前に事情により、店名はそのまま現店主が引き継ぐ。安くてうまく、生ホッピーが飲めるところは変わらない。

うなぎ玉子とじ490円。
うなぎ玉子とじ490円。
十全なす焼き380円。
十全なす焼き380円。

『五月』店舗詳細

住所:東京都足立区青井4-1-15/営業時間:17:00~22:00LO (土・日は16:00~)/定休日:火・水/アクセス:つくばエクスプレス青井駅から徒歩7分

青井の歴史を聞きながらつまむ絶品寿司『信濃川』

ご主人は新潟から上京して16歳で料理の道へ。24歳にして北千住で自分の店を始め、青井に移ってきたのが1977 年。以来、千住からほど近い足立市場で仕入れた魚を握る職人技で地元民の心と胃袋を満たしてきた。

ご夫妻で切り盛り。
ご夫妻で切り盛り。

『信濃川』店舗詳細

住所:東京都足立区青井3-37-7/営業時間:10:30~20:00/定休日:木/アクセス:つくばエクスプレス青井駅から徒歩7分

弁当屋でパン屋で定食屋で居酒屋!?『キッチン アオイ』

店頭ではお弁当や総菜、自家製パンなどが売られ、店内ではテーブル席で食事ができる。メニューが膨大でどれも安く、驚くばかり。予約をすれば2階と3階の広間で宴会も可能。生ビール480円(2杯目からは400円)、ミックスフライAは脅威の330円。

店先で売っているものも持ち込める。らっきょう313円。手前は不思議な「北斎のききめ」313円。
店先で売っているものも持ち込める。らっきょう313円。手前は不思議な「北斎のききめ」313円。

『キッチン アオイ』店舗詳細

住所:東京都足立区青井3-36-15/営業時間:7:30~20:00/定休日:月/アクセス:つくばエクスプレス青井駅から徒歩2分

地元民が集まる青井のホットステーション『なべちゃん』

地元民に慕われる女性店主が営む人気店だった「ドンちゃん」を、現店主が引き継いだのが5年前。女将姿もすっかり堂に入り、先代からの常連も通う楽しい店。料理歴の長い店主が作るつまみと、焼酎の濃さが評判。たらの唐揚550円。

お新香450円
お新香450円

『なべちゃん』店舗詳細

住所:東京都足立区青井4-3-19/営業時間:090-6544-3710/定休日:木(不定あり)/アクセス:つくばエクスプレス青井駅から徒歩6分

『散歩の達人』2026年9月号より