問題!
中央に描かれている駅は、何駅でしょうか?
ヒント(1)
一部道路名を追記したものがこちら。
ヒント(2)
スポットの名前もいくつか見せちゃいます!
正解は……鶯谷駅
地図を見て真っ先に目につくのは、やはり緑色の部分だろうか。山手線の駅のなかで、そばに大きな公園や霊園がある場所は半分以下に絞られる。さらに、線路の向きや形からして山手線の円の右上(北東)もしくは左下(南西)ではないかと当たりをつければ、緑色の敷地は上野恩賜公園と谷中霊園ではないかと推測できる。
この緑色がなかったとしても、特徴的な道路模様がヒントになる。広大な敷地が多い線路の西側に対して東側は目が細かく、地形の差が見事に表れているからだ。
山手線の田端駅~品川駅あたりは武蔵野台地の東端を線路が走っていて、鶯谷駅もまさに台地の際。この台地はいわゆる「上野の山」で、江戸時代には約30万坪の広さを誇る寛永寺の敷地が広がり、現在はその多くが上野恩賜公園になっている。一方、低地にあたる地域には町屋や下級武士の屋敷が並んでいたり、王子で石神井川から分流した音無川(現在は暗渠化されている)の周辺に田んぼが広がっていたりした場所。特に駅のすぐ北側一帯は現在ちょっとした迷路のような路地が多く、地図上でも曲がりくねった道やどんつきが目立つ。かたや寛永寺の墓地、かたやラブホテル街、と対照的な景色が取り沙汰されることも多い駅だけれど、そのコントラストは道路模様からも読み取れるというわけ。
ヒント(1)の屏風坂通りは、旧屏風坂通りと記載されることもあるよう。かつては屏風坂、信濃坂、車坂など台地(上野の山)から東に向かって下りる坂があったが、線路が通ったことでなくなった。
ヒント(2)の小野照崎神社は、仁寿2年(852)創建で上野照崎の地(台地の上、現在の上野公園)にあったものが寛永寺建立の際に現在地に遷った古社。
文・地図制作=中村こより







