オーダーメイドの洋装店と老舗喫茶店を引き継いでできたカフェ
『cocci』がオープンしたのは、2014年12月3日のこと。店長の川船さんにとって『cocci』が初めて開いた飲食店だ。「数年前まで自分がカフェをやるなんて想像していなかったので、今でも不思議に思います」と話す。
川船さんにとって高円寺は地元。住まいが近かったことに加えて、店から250mほど北の早稲田通りの一角で、川船さんの伯母さんとお母さんがオーダーメイドの洋装店「洋装セピア」を58年もの長きにわたって営んでいた。技術の確かさと姉妹の人柄もあって洋装店は繁盛。常連客にとっては、お茶を飲みながら世間話をするいこいの場所でもあった。
85歳までデザインをしていた伯母さんが病気になったのをきっかけに「洋装セピア」は閉めることに。たくさんの人に親しまれた場所や作品を別の形で残したいと、川船さんはアパレルブランドを立ち上げるなどの活動していたが、残念ながら伯母さんは2023年に亡くなった。
当初は「セピア」の跡地にお店を出す予定だったが、物件所有者の都合で叶わず、縁あって紹介されたのが今の場所だ。やはり46年も営業を続けていた喫茶店「カフェテラスごん」があった場所で、ちょうどマスター夫妻が引退を決めたタイミングだったのだ。
名物のオムライスと体にやさしいスープのランチセット
『cocci』のランチには、スープソムリエを取得した川船さんが作る3種類のスープと「カフェテラスごん」で愛されていたオムライスやカレーを組み合わせた4つのセットがある。オムライスとカレー、そして単品メニューのミルク雑炊は「カフェテラスごん」のマスターから特訓を受け、レシピを受け継いだものだ。
オムライスがメインのCセットは「カフェテラスごん」を知る人もよく注文する。鮮やかな卵の黄色にケチャップがたっぷりかかった見た目も懐かしい雰囲気。ベーコンと玉ねぎ、マッシュルームが入ったケチャップライスを包む卵は2個と決まっている。ケチャップライスはあっさりしていながら、ベーコンや玉ねぎの旨みが全体に行き渡っている。
スープは週替わりで常時3種類あり、季節の野菜をたっぷり使って、ポタージュ、豚汁、ミルクスープやトマトスープなどに展開している。鶏がらスープや、ブイヨンや和風だしも店で作る。ほとんどのスープに、こちらも自家製の塩麹、玉ねぎ麹、中華麹などを使用している。「肉を塩麹や玉ねぎ麹などに漬け込むと柔らかくなって、味も深みが出るんですよ」と川船さん。
オムライスと一緒に、cocciのやさしい豚汁を選んだ。ぽってりしたスープカップを持ち上げると、ほんのりごま油が香る。豚肉や厚揚げ、野菜やきのこがたっぷり入った具沢山で、おなかもいっぱい。スープも全体的に薄味ながら、深みを感じるのは麹が使われているからかもしれない。「飲み屋さんなどの濃い味に慣れた高円寺の人にとっては、この店の味はやさしいから珍しいかもしれませんね」と川船さんは微笑む。サラダと和え物などの野菜の小鉢もついているので、野菜不足を感じている人にも、ありがたいランチだ。
いろいろなご縁がつながった店内を満たす温かな空気
『cocci』は川船さんがお母さんとふたりで切り盛りする予定だった。同時にお母さんは店内で洋服のお直しを受けていた。ところが2025年秋にお母さんも他界。川船さんがひとりで営業するのは大変だと、お母さんや伯母さんの友人や、川船さん自身の友人がスタッフとして働いている。なんと最高齢のスタッフは80代。「カフェテラスごん」時代の壁紙や棚などが残っていることもあって、店内はなんだか実家のような温かさもある。
「カフェテラスごん」との縁をつないでもくれたのは、川船さんが「尊敬している」と話すカフェと雑貨店の経営者。オープンにあたってもさまざまなアドバイスを受けた。「カフェテラスごん」の元マスター夫妻も、ときどき食事に来る。もちろん「洋装セピア」の顧客でもあった古くから顔見知りの人たちもコーヒーを飲みに来ることも多く、訪れる人の年齢層は幅広い。
「いろんな人の力を借りて、私は今このお店に立たせてもらっています」とうれしそうに話す川船さん。実は川船さん自身も乳がんを患った経験を公表していて、その経験が誰にでも食べやすいスープの提供につながった。店には同じ病気を経験した人たちも時々やって来て、励まし合うこともあるそうだ。「実店舗はリアルなお客さんとのコミュニケーションが楽しいです」と川船さん。『cocci』のスープやオムライスを食べると気持ちまで温かくなるのは、おなかが満たされることだけが理由ではないのだ。
取材・文・撮影=野崎さおり







