インパクト抜群の鮮やかな瓦そば
はじめて見ると、そのインパクトに思わず歓声を上げてしまう。それが、山口県の郷土料理でありソウルフード・瓦そばだ。
黒光りする大きな瓦の上に盛られた、緑色が美しい茶そば。さらにその上に錦糸卵、甘く煮た牛肉、そして海苔、レモン、ネギ、もみじおろしがのる、色鮮やかで他に類を見ないような姿の一品だ。瓦は熱々に熱してあり、ジュウジュウと音を立てながら運ばれてくるのも期待感を高めてくれる。
レモンともみじおろしを温かい麺つゆに入れ、具材と麺をとってつゆにつけて食べる。瓦で熱されたそばはカリカリに焼けている部分もあり、その香ばしさと甘めの麺つゆの相性が最高! 食べ進めるうちに、牛肉の旨味が麺つゆに溶け出して印象も変わってくる。そばだけれど、焼きそばのようで、つけ麺のようで、皿うどんのようで……さまざまな麺料理のいいとこ取りをした、それでいて唯一無二の味だ。
「瓦そばを出す店は山口県でも最近増えたなという印象です。東京では、10年ほど前は瓦そばの存在を知っている人もほとんどいなかったんじゃないかと思います」と話すのは、茅場町・神田・芝浦の3店舗で『瓦.Tokyo』を展開する店主の西田聡さん。
瓦そばは「西南戦争の際には瓦を熱して野菜や肉を焼いて食べた」という逸話をもとにうまれたもの。1962年に下関市は川棚温泉の『元祖瓦そば たかせ』が考案し、今では山口県を代表するグルメのひとつになった。
しかし、西田さんはどうしてまた東京で瓦そばを出しているのだろう。その理由には、瓦そばのさらなる魅力が詰まっていた。
自宅でみんなでつついて食べるもの
西田さんの生まれは、山口県宇部市。瀬戸内海の周防灘に面した県南西部の市で、山口宇部空港がある場所という印象が強い人も多いだろう。実際、羽田から1時間半のフライトで着くことを考えれば、山口県のなかでは一番“東京に近い街”が宇部市だといえるかもしれない。
西田さんは3歳のときに東京へ引っ越してきたので、ほぼ東京育ち。山口県の食文化にどっぷりというわけではないのだが、「自分にとっての瓦そばは、宇部市出身の父が家でつくってくれた味です」と西田さん。この瓦そばを、自宅でできるの……? と思うが、山口ではむしろそういうものなのだとか!
「ホームパーティーとかで、よくホットプレートで作って食べていました。ガスコンロで熱した瓦でつくる瓦そばのようにパリっとはならないんですけど。これをみんなでつつき合って食べるスタイルで、タコパみたいなものですね。それぞれの家庭の味があると思います」
郷土料理のなかには頻繁に食卓に登場するわけではないものもありそうだが、瓦そばはバッチリ日常になじむソウルフードというわけ。東京下町のもんじゃ焼きに似た気配もあって、なんだか親近感が湧いてくる。
そんなわけで、東京にいながらも生まれ故郷の瓦そばカルチャーに親しんで育った西田さん。IT企業で働いていたが、「父がつくってくれた瓦そばを提供したい」と脱サラして一念発起。2016年に、住まいが近かった茅場町で最初の店を開いた。働きながら開業準備を進め、退職の翌日には開店していたというから、そのスピード感とパワフルさには驚かされる。2019年には今回お邪魔した神田店もオープンした。
日本酒、宇部かま、フグ……豊富な山口の味
この店の瓦そばは2種類あり、今回いただいたのはランチで提供している「山口STYLE」。麺つゆには萩の甘口醤油を使い、宇部市の製麺所から仕入れる茶そばは太麺でモチっとした食感も味わえる。一方、夜は「瓦.Tokyo ORIGINAL」も用意していて、こちらは関東の味の好みにあわせた辛口醤油を使った麺つゆで、麺も細くパリパリ感が強いという。
「父がつくってくれた瓦そばは東京の醤油を使っていたので、ORIGINALの方が近いんです。でも、山口出身の方は本場の味が食べたいと思うので」と西田さん。自分が親しんだ味と、山口の本場の味、両方をメニューとして用意するとはさすがだ。
要でもある瓦は、江戸時代初期から生産されていて三大産地の一つとして名高い島根県の石州瓦。そのままでは火にかけると割れてしまうため瓦そば用に耐熱加工がされているが、それ以外の基本的な作り方や原材料の粘土は屋根に使う瓦と同じ。山口県で提供される瓦そばの店の多くがこの石州瓦を使っているのだとか。1枚1枚それなりに高価なものでもあると聞くと、ありがたみもひとしおだ。
さらに、『瓦.Tokyo 神田Y-STYLE』は瓦そばだけではなく、山口県の食材や郷土料理を存分に味わえる店でもある。
「瓦そばだけを売りにしてもよかったのですが、山口県は日本海と瀬戸内海の両方に面していて魚の種類が多いし、日本酒の種類も豊富。おいしいものが掘れば掘るほど出てくる」と話す西田さん。「獺祭(だっさい)」をはじめ山口の地酒は10種以上用意しており、好きな銘柄3種で1100円の飲み比べセットも。西田さんいわく「うどんのつゆも、味噌汁も、出汁巻き卵も、なんでも甘くなりがち」という山口では、地酒も甘口で芳醇なものが多いのだとか。
この日肴として注文した宇部かまは、山口名産のひとつの蒲鉾。プリプリとした弾力と歯応えのあるタイプで旨味も強く、わさび醤油をつけて食べれば文句なしに日本酒がすすむ。このほか、下関産のフグの唐揚げに、長州地鶏のつくね、鹿野ポークハムの麦味噌炒め……と、とにかく山口の味が目白押し。その豊富さを見ると、山口県の底力を感じずにはいられない。
東京でも、瓦そばをもっと身近な存在へ
2025年には芝浦に『瓦.Tokyo FLAG-SHIP芝浦』をオープン。瓦そばを中心とした山口県のおいしい魅力を着々と広めている西田さんが次の夢に見据えるは、自身が親しんできた瓦そばカルチャーをさらに浸透させることだ。
「開業するときは、瓦そばといえばここ! という店になれることを目標にしていました。それはほぼ達成できたと思うので、これからはより瓦そばを身近に感じてもらえるように工夫していきたいですね」と西田さん。「もんじゃ焼きみたいに鉄板のうえでみんなで焼いて食べるセルフスタイルのお店も、いずれできたらいいなと思っています」。
ホットプレートに広げた瓦そばを、みんなでワイワイとつつきながら楽しむ。そんな子供の頃の思い出が原動力になって、瓦そばの魅力は東京にやって来た。いつか“山口グルメ”の枠を超え、瓦そばをみんなで楽しむ時間そのものを“山口カルチャー”として親しめる日がやってくるかもしれない。
取材・文・撮影=中村こより








