取材・文=沼 由美子
酒と食、インタビューを中心に取材・執筆・編集。著書に『オンナひとり、ときどきふたり飲み』(交通新聞社)。執筆に『EST! カクテルブック』『読本 本格焼酎。』『江戸呑み 江戸の“つまみ”と晩酌のお楽しみ』(すべてプレジデント社)など。
真摯(しんし)な造りと秩父の自然が生む極上のウイスキー
イチローズモルトは、日本のウイスキーの認識を変えたウイスキーだ。クラフトウイスキーの象徴でいて、今もばく進中の世界に誇る存在である。「ベンチャーウイスキー」は、創業者の肥土伊知郎(あくといちろう)さんが、経営難に陥った家業の酒蔵に残されたウイスキーの原酒を守り抜くことから始まった。2004年に会社を設立して原酒を買い取り、福島県の日本酒蔵に貯蔵させてもらいながら熟成を続けた。07年から、ウイスキー造りをスタート。12年を皮切りに、アメリカ、イギリスでのウイスキー品評会で名誉ある賞を数々受賞し始めた。
秩父に蒸留所を建てたのは、肥土さんの出身地ということもあったが、江戸時代から酒造りが盛んな場所だったことや、良質な水が通年手に入ることが決め手だった。そして、熟成の環境も抜群だった。同社、グローバルアンバサダーの𠮷川由美さんは言う。
「夏は気温30℃以上まで上がり、冬は朝晩零下まで下がります。ウイスキーの熟成は寒暖差が大事で、たとえば5年、10年の熟成だとしても15年寝かせたような深まり方をしてくれます。自分たちのウイスキーをおいしいと言っていただけるのは、この寒暖差のおかげもあるのかな」
協力してくれる農家が周辺にいることも強みだ。10年からは地元で原料の大麦の栽培を始め、徐々に作付面積を増やしている。地元の原料で造られたウイスキーを味わうことは愛好家にとっての一つの夢だ。その夢に地道に応えている。
造りは一貫して“Back to traditional”伝統に根差した、手間隙かけた造りに心を砕いている。古式の製麦「フロアモルティング」を採用している蒸留所なんて国内でも数えるほどだ。
酒造りと酒飲みへの寛大さもウイスキーが造りやすい理由
𠮷川さんが意外なことを話す。
「ウイスキーは、地域の理解がある場所で造れるかどうかが非常に大事です。神社を中心に町が成り立っている秩父はお祭りが多く、神事にかかわりの深いお酒への理解が寛大です。特にお酒に対して多様な文化があります」
設立当時、小規模なウイスキー蒸留所はまだ珍しい存在で、県内のバーテンダーたちが盛り上げに尽力してくれた。「秩父をウイスキーの城下町にしたい」という志を持ったバーテンダーが現れ、自然にバーの数も外からのお客も増えていった。14年からは、毎年「秩父ウイスキー祭」が催されるようになり、当初は約800人だった来場者が、今では約4000人に上る一大イベントとなっている。「ウイスキーを飲むだけではなく、地元の飲食店が協力してくれたり、別のお祭りがくっついて、飲まない人も楽しめるお祭りになっています。蒸留所はあくまで一出店者です」
蒸留所を訪ねて感じるのは、若いスタッフが多いこと。約半数は県内出身者だという。「高校を卒業して就職してくれる子が増えました。お酒好きなご両親が『いいんじゃない』と勧めてくれるようです(笑)」。
国内外で「イチローズモルト」の魅力を伝えるのが仕事の𠮷川さんは、最近、蒸留酒の世界でも聞かれがちな「テロワール」を安易に語らない。
「最優先は品質。そして、蒸留所の顔になる造り手を育てることですね。手間を惜しまずにいいものを造ろうという姿勢が、最終的にいい味につながります。そこに受け皿となる地域がある。どれが欠けても成立しません。その意味で秩父、そして埼玉県は、非常に居心地のいい場所です」
そば屋でも居酒屋でも、町を歩けば“秩父ハイボール”に当たる。イチローズモルトを使ったハイボールをデフォルトで置いている。都心からの日帰りだってわけない。お膝元への遠征飲みの一杯、格別に違いない。
取材・文=沼 由美子 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2026年2月号より







