取材・文=山内聖子(きよこ)
呑む文筆家・唎酒師。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』『夜ふけの酒評』『日本酒呑んで旅ゆけば』(共にイーストプレス)、『酒どころを旅する』(イカロス出版)、『BARレモン・ハート意外に知らない酒の基本知識』(双葉社)など。
直実らしさをつくる清潔で緻密な酒造り
日本酒仲間の勧めで「直実(なおざね)」をはじめて手に取ったのは、たった数カ月前のこと。聞けば地元消費が中心で、東京などの都心部にはほとんど進出していないという。日本酒の消費が右肩下がりの昨今は、勇んで都会の消費地へ売り込む酒蔵が多いなか、今どき珍しい地域密着型の銘柄である。
そんないかにも地酒といった「直実」と縁がありたまたま出会ったわけだが、飲んだ瞬間に思わず、ほっこりいい酒だなぁと心が動いた。主張は乏しく、これといった特徴が目立つ酒質ではない。売れ筋の銘柄に肩を並べるような、今風のポップな酒質とは真逆の懐かしさ。はっきり言って地味である。でも、自然に心を寄せてしまいたくなるような、のびのびした素直な味わいに気持ちがほころんだ。一方で、酒がおおらかすぎず、例えば雑味のない余韻など、どことなく丁寧さが透けて見える。
おそらく懸命に酒造りに向き合うひたむきな意欲を酒から勝手に想像したが、予感は的中。「直実」を造る7代目で杜氏の権田直仁さんはまだ34歳の若手だが、酒質通りの飾らないまじめな人だった。
「自分の蔵は満足がいく設備がまだありませんが、今できる範囲でベストを尽くしたい。お試し酒のような実験ではなく、ちゃんとうまい酒を世に出すために頑張らないと。お客さんを裏切らない酒造りをすると決めています。ちょっとまじめすぎるかもしれませんが『直実』を反対にしたら『実直』なので、自分はこれでいいかなって(笑)」と、メガネの奥に潜むまんまるな目をくしゃっと細めて笑う。
そんな彼が造る銘柄「直実」は、平安期から鎌倉時代に熊谷を本拠地に活躍した豪将・熊谷直実に由来するが、命名の端緒は5代目まで遡(さかのぼ)る。『権田酒造』は嘉永3年(1850)に創業し、「清太喜」という銘柄で酒造業を営んでいたが、約65年前に熊谷市民の一般公募で地元の豪将にちなんだ新ブランド「直実」を発足。
そういうわけで、新ブランド銘柄の立ち上げは実に何気ないが、そのバトンは途絶えることなく5代目から6代目へ継承。そして、東京農業大学を卒業し、2017年に蔵に戻った7代目の直仁さんへと受け継がれる。銘柄だけではなく、酒質も5代目からの味わいを踏襲しているという。
「5代目の祖父は昔ながらの甘い酒が好きで、父も甘口を引き継ぎました。私も代々続く味を踏襲したい。なので、今流行りの香りが強く甘酸っぱい酒は目指していないんです」
とはいえ、ただ同じ味を造るのではなく、彼は淡々とより“直実らしい”酒質を目指す。
「優しくてまろやかな甘みはあるけど、輪郭がはっきりした辛口の“潔い酒”を造りたい。まさに直実みたいな武将のような酒。飲めばまず甘みやうまみなどの味わいがずしんとくるけど、後味はスパッと切れる飲み飽きしない酒です。私も飲むのが大好きなので、まず自分が飲み続けられるような酒を造りたいですね」
それを実現するために、酒造りにかかわる仕事を地道に改善中。特に力を入れているのが衛生面だ。
「とにかく蔵をきれいに清掃し、麹(こうじ)造りや米を運ぶときには食品衛生用の手袋をしたり、麹室に入るときには白衣を着るなど、余計な雑菌が酒に入らないよう徹底することを心掛けています」
日頃からの努力と人柄がそのまま酒の味になる
杜氏に就任した21年以降は、さらに酒造りに没頭し、一つ一つの工程を試行錯誤する日々だという。
「前の杜氏さん時代は行わなかった、もろみの緻密な温度管理や、発酵中に加える追い水のタイミングなど、さまざまな工程をデータ化するこで、細かく丁寧にできるようになりました。自分の都合よりも“お酒ファースト”な酒造りでしょうか(笑)。もう酒造りは暮らしそのものですね。四六時中、酒造りのことばかり考えています」
“お酒ファースト”とは、ずいぶんなのめり込みようで、一人でストイックに孤軍奮闘する姿を想像するが、蔵のスタッフに囲まれている彼は笑顔が絶えず、いつも穏やかな表情をしている。19年に蔵に戻ってきた弟の拓弥さんとの連携プレーも良好で、麹造りの終盤の麹米を運び出す出で麹(こうじ)も、息がぴったりだ。今回訪ねたのは忙しい酒造りの最盛期だが、酒蔵にピリピリムードはない。蔵の敷地内をのんびりさまよう数匹の野良猫が住み着くのも分かるほど、ゆるやかな空気で満たされている。
「みんな仲はいいですね。蔵で働くパートさんは同級生のお母さんだったり、自分を小さい頃から知っている人がほとんどなので、頭が上がらないというか、穏便に仲良くやるしかないというのもありますが(笑)。酒造りは身内と家族でやっているので、たまにけんかしてもみんなで協力し合える温かみのある蔵でありたい。蔵の雰囲気も含めて酒の味を知ってほしいです」
取材・文=山内聖子(きよこ) 撮影=井原淳一
『散歩の達人』2026年2月号より






