河口まで9.5㎞。ハイキング気分で鳥のさえずりを聞く
東急大井町線大岡山駅前にある東京科学大学(旧東京工業大学)の横を線路沿いに歩き、坂を下ると世田谷区から続く呑川緑道にあたる。呑川の開渠部分は目黒区の工大橋付近からスタート。ここから数m歩くとすぐに大田区に突入する。
呑川は世田谷に源流があり多くの部分が暗渠だが、ちょうど大田区に入る付近から流れをみることができるのだ。黒いカーテンのようなものから流れてくる水は思っていた以上にきれいだ。
とても静かで、聞きなれない鳥の声がする。たまに後ろの方から大井町線の列車が走る音。すてきな休日の朝、という感じで思わず立ち止まって深呼吸した。
犬の散歩をする人やランナーともたびたびすれ違った。緑道沿いのところどころにある公園が休憩スポットになっていて、吞川についての案内板もある。ちょっとしたハイキングのように気分が盛り上がり、早くもポットに入れてきたお茶を飲むなどした。おやつも持ってくればよかった。
案内板はあちこちにあり、その場所で見られる野鳥や魚の写真が一緒に掲示されている。写真の提供は「呑川の会」とあった。
川の流れは私がゆっくり歩く速度と同じくらい。電車の音が聞こえなくなってきたな……と思っていたら、少し先には中原街道と高架を走る池上線が見えてきた。
中原街道と池上線の高架を越えると、緑道は石川台の商店街と並行しており、そのせいか、なんとなく人通りが多く感じる。抜け道となっているのか、思いのほか車が往来しているので注意して歩いた。たくさんの橋がかかっているが、そこから両岸の風景を見ると面白い。河口に向かって左側は高台で、いい階段やいい坂道が見える。
河口まで6.8km。新幹線が見える橋から池上を越え、街々へ
しばらく続いた住宅地が途切れ、新幹線のガードを抜けると倉庫や工場らしい建物が増えてくる。新しい建物はマンションや介護施設が大半のよう。
国道1号を過ぎると左側には緑の山が見えてくる。池上本門寺だ。その総門が見える霊山橋は、河口から5.3km。緑道の中間あたりだろうか。寺社が並び、とても風情がある。つい写真を撮りたくなってしまう雰囲気だ。
さらに進むと池上通り。堤方橋(つつみかたばし)を過ぎると次第に大きいビルが増えてくる。幹線道路を越えるたびに街が近づいてくるようだ。とつぜん川幅が広く水量が増えた気がする。水の色も黒々としてきて、「蒲田が近いな」と思った。途中、水面をながめる老夫婦と出会う。鴨が7羽泳いでいて、ご婦人に「いろんな色の鴨がいてかわいいわね」と声をかけられた。
京浜東北線が見えるころには、川の水は真っ黒で、流れもゆっくりとなる。正直きれいとは言えない状態だ。
蒲田駅近くで呑川は大きくカーブし、繁華街に囲まれる。川沿いは自転車置き場になっていたりして、緑道、というより通路といった感じ。欄干(らんかん)は高さのある金網となり、川面はよく見えなくなった。年齢不詳の男性2人がコンクリートの壁に寄りかかってしゃがみ、タバコ片手に缶コーヒーを飲みながらなにか真剣に話をしていた。蒲田らしい光景だと感じる。
対岸は散策できるような緑道が整備されていたので、途中からそちら側を歩く。途中、序盤に見かけた案内板の写真の提供元として記されていた「呑川の会」の掲示板があった。手作り感のある掲示板には活動の様子などが記載されていて興味深い。自然観察だけでなくさまざまな活動をしているようだ。
河口まで2.6km。京急蒲田駅を越えると海の気配が
京急蒲田駅の下にある弾正(だんじょう)橋の近くに、橋の名前の由来が書かれた碑があった。蒲田から六郷一帯を支配していた領主、行方弾正直清に由来するという。これまでたくさんの橋が架かっていたが、きっとどの橋にもその名前の由来が地域の特色や歴史にあるのではないか? いまさらながらもっと注目すればよかったと思った。帰ったら調べてみようか。
地図を見ると宝来橋の手前(東蒲中学校)あたりから河口まで、呑川がまっすぐ延びている。実はここから先は昭和初期にできた新呑川なのだ。旧呑川は緑道として残っている。
京急蒲田駅と第一京浜を越えると、一気に海の気配がしてくる。川の流れが逆になっているのも海が近いせいだろうか。緑道はどんどん狭くなり、車は入ることができない。産業道路を越えたところにある公園から先は、緑道が中断していた。
船が係留されているのが見える。地図を見ると河口近くからまた歩けるようだが、まわり道をする必要があった。川から外れると、古紙回収や金属加工の工場が立ち並ぶが、休日のせいか誰ともすれ違わない。急に寂しさが増してきたので、コミュニティサイクルを借りて河口を目指すことにした。
ついに来た、河口! サイハテを感じて
自転車で再び緑道に出るが、とにかく狭い。高い壁があり川の流れは見えず、うっかり河口付近を思わず通り過ぎてしまった。緑道は森ケ崎公園に入っていくので、そこから河川敷に出ることにした。
スタートから約4時間、歩き始めた時の景色とずいぶん違う。とても遠いところに来てしまったような気がする。
目の前にある巨大な建造物は羽田可動橋。河川敷には釣り人とハトに餌をあげるおじさんの2人だけだった。達成感があったが、急に疲れが増してきた。自転車で緑道をさかのぼると20分もかからず蒲田まで行くことができた。さきほど呑川のそばで遭遇した男性2人はまだ同じ場所で話し込んでいた。
“見たくない川”から“街に愛される川”へ
川沿いの案内版で目にした「呑川の会」が、月に一度、休日の早朝に緑道の清掃を行っていると聞き、参加してみることに。この日は新幹線の高架近く、道々橋のあたりの清掃で、小学生からご年配までさまざまな年齢の方が参加していた。緑道のゴミを拾ったり、欄干を拭いたりして周辺の環境を保っているのだ。
呑川の会は発足から2026年現在で29年目、現在85人の会員がいるそうだ。 入会のきっかけはさまざまだが、「身近な呑川について知りたい、関わりたい」という思いが共通している。会では呑川を中心に都市河川について知識を深める勉強会を実施したり、呑川流域の小学校を中心とした学習支援や、区民向けの講座も行ったりしているとのことで、活動はかなり幅広い。
聞けば昔の呑川は下水が直接流れていてとても汚く、住民にとっては「見たくない川」だったそうだ。しかし、50年くらい前から緑道が整備されるとともに、周辺の環境もかなり改善したのだという。大岡山付近では下水処理されたばかりのきれいな水が流れ、野鳥などさまざまな生き物もみられるようになり、呑川は地域の人から関心を集めるようになった。
「緑道が通路になっている」という話もあった。石川台、久が原エリアであれば池上線で蒲田までは一本で行けるが、羽田方面は京急線に乗り換える必要がある。しかし、呑川緑道をたどれば一直線だ。実際に河口から蒲田まで自転車であっというまに行くことができた。
鳥のさえずりを聞きながらハイキング気分でスタートした呑川沿いを歩く旅。緑道には、静かな住宅地から町工場、にぎやかな街から海まで、大田区が持つ要素が凝縮されていて、風景の中に人と街のつながりも垣間見ることができた。
取材・文・撮影=ひびのさなこ
参考文献:呑川の会 編『わたしたちの都市河川 吞川』呑川の会、2022年3月






