来るだけで価値のある教養と自由のお寺を目指して
芝生が広がる境内は、お寺というよりも庭園に遊びに来た気分。「こんにちは」と声をかけてくれた安国院の住職・中山雅紀さんは、タータンチェックのスカートがかわいい予想外の洋装姿でギャラリーに現れた。「ギャラリーという名ですが多目的スペースですね。誰でも集える、くつろぎの場をつくりたかったんです。個展に落語、ジャズ、太鼓、ロリータファッションのお茶会もやりました」。
その室内では、極彩色の波のような花のような不思議な模様の作品が目に留まる。中山さんがフラクタル図形を用いて作った「漸花式(ぜんかしき)」というCGアートだ。幼少期から科学少年だった中山さんは大学の情報工学科でCGを学び研究者に。跡継ぎとして仏門に入ったのは35歳の頃だとか。
「でも僕、理工系だから論理的に納得できないものを信じろと言われるのが嫌で。ただね、仏教って学んでみるとスピリチュアルは関係なくて、その本質は『執着をなくせ』という理論体系なんですよ」と中山さん。
物、家族、組織、男女など、人間は執着だらけ。でも執着にとらわれると周りが見えなくなり、自分の世界が狭くなり、聞く“耳”がなくなる。人生の選択肢を逆になくすという。
「その執着を一旦抜いてみましょう、というのが『解脱』です。執着を捨てれば僕らはもっと自由でもっと幸せになれるはず、そう諭すのが仏教なんです。だからもう僕も男がただエレガントな服を着て何が悪い! と思うようになりました。この年になってやっと解脱した感じです(笑)」
では、執着を抜くために大切なのは何か? それは「疑うこと」。思い込みを一度疑ってみれば「そっちもいいね」と思える。今までの枠組みを壊して新しい視野に立つ。こういう考えは「中道」と言うそうだ。「決して“中間”という意味ではなく、物事を俯瞰するイメージ。偏見や執着なく、その時々で柔軟に最良な選択をすることです。そうなれたら最強です」。
なんだか仏教がぐっと近くなる。そういう話、もっと聞かせてほしい。
「僕も仏教をみなさんにもっと納得してもらいたいんですよ。宗教学者と対談イベントを開いたり、アートや学問を通して新しい世界を知る機会をつくりたい。そして自分の殻を破ってもらいたい。来るだけで価値のある教養と自由のお寺を目指します。ただ、もし僕が『あなたを救えるのは私だけ』なんて執着を植え付けるようなことを言い出したら逃げてくださいね。それはもうカルト。宗教に限らないのでどうかお気をつけて」。
第100回 毛髪供養の様子
理容業の組合長だった檀家により大正10年(1921)に始まった「毛髪供養」。理美容従事者が毛髪を奉納し、生業に感謝し商売繁盛を祈念する。100回目となる2025年11月24日には毛髪供養法要の後、国内外で活躍する美容家・上田美江子さんが「漸花式」の屏風の前で、中山さんに盆栽ヘアを施すショーを奉納した。
取材・文=下里康子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2026年1月号より








