ラーメン王国の日本海に面した港町
山形県といえば、サクランボ、芋煮、米沢牛……とおいしいものが数多いが、忘れちゃいけないのがラーメン。人口に対するラーメン店舗数は全国一(NTT「タウンページ2021」より)、総務省の家計調査でも山形市はラーメン消費量も全国トップという、まごうことなきラーメン王国だ。
ご当地ラーメンが有名な地域は全国各地にあるが、山形の場合は名物グルメというよりもはや文化のひとつ。日常的にラーメンを食べる習慣がある人が多く、生活の一部になっているといっても過言ではないのだろう。
「毎週日曜日のお昼は、必ずラーメンでした」と話すのは、『煮干し中華そば 山形屋』の店主で山形県酒田市出身の池田重美さん。酒田市といえば醤油ベースの“中華そば”で、ソウルフード『ケンちゃんラーメン』の本店があることでも有名だ。「平日でも隙あらばラーメンを食べていましたよ。でも山形市発祥の冷やしラーメンは、少なくとも自分がいた頃の酒田ではあまり食べなかったな」。
庄内地方にある酒田市は日本海に面し、地図上の距離でいえば山形市は酒田市よりも仙台市の方が近い。山形市と酒田市がある庄内平野との間には月山擁する出羽山地もあるのだから、文化の違いがあるのも当然といえば当然だ。
冒頭に挙げた芋煮も同じではなく、山形盆地の方は牛肉を使って醤油で味付けするのに対し、庄内地方は豚肉に味噌。
また方言も独特で、庄内弁は語尾に「~のう」と言うなど京言葉の雰囲気がある。これは、江戸~明治期に日本海で物流と経済の動脈を担った商船・北前船の影響で、京都の文化が持ち込まれ根付いた結果ではないかと言われているんだとか。
チャレンジのために東京へ出ることを決意
そんな酒田市で生まれ育った池田重美さんが上京したのは、28歳のとき。15歳から建築業界で働きはじめ、25歳で一人親方として独立。東京からの仕事も請けており、「自分の腕を試したい、技術を磨きたい」という思いで東京に出ることを決めたのだという。
独立した頃に結婚した妻の亜希さんも同郷で、上京時はお子さんが2人いてまだまだ小さかった。亜希さんから上京への反対がなかったのか聞いてみると、「実は、当初は2、3年の期限付きという条件で説き伏せていたんです」と池田さん。「上の子が小学校に上がるまで、まずはお試しで東京で冒険してみようと言って。正直、そのままずっと東京で暮らせるといいなという思いもあったんですけどね」と笑う。
酒田市では、上京という選択はメインストリームではない。同世代のなかでも進学や就職で上京するのは「2割くらいかな」と池田さん。東京より仙台に出る人も多いというが、そんな環境でも故郷を離れることに不安はなく、むしろ夢と希望に満ちあふれていたようだ。実際、上京してからの日々は「楽しかった!」と夫婦ふたりとも清々しい表情だ。「田舎だとどうしても子供を遊ばせる場所が限られてしまうけど、東京だといろんな選択肢があるのがいい」と亜希さんもうなずく。
そうして期間限定という話はいつの間にやら消え去り、すっかり東京を満喫して約10年が過ぎた頃、新たなチャレンジが始まる。
もう一つの夢を叶える挑戦へ
池田さんにはもう一つの夢があった。それは、ラーメン店を開くこと。
「いつかはラーメン屋さんをやりたいなっていう気持ちが、ずっと心の奥にありました。建築の仕事もある程度大きなことに携わることができて満足感はあったんですが、ラーメン屋さんという夢も試してみたいなと。妻にも賛同してもらえたので、やってみることにしたんです」
仕事で独立し、家族を連れて上京した経験を持つ池田さんにとっても、飲食店を開業するという決意はまた違った重みがあったよう。
「建築はチームプレイだけど、ラーメンはそうではないので心配はありました。でも、妻が一緒にいればなんとかやれると思って」
都内でも全国各地のラーメンを食べ歩くことで鍛えた舌を生かし、2019年にこの『煮干し中華そば 山形屋』をオープン。看板メニューの中華そばはもちろん、酒田で慣れ親しんだ味が土台の一杯だ。『ケンちゃんラーメン』をリスペクトしたうえで自分なりのアレンジを加え、中太のちぢれた手揉み麺に旨味たっぷりの煮干しスープがよく絡む。
取材にお邪魔したのは木枯らし吹き荒ぶ初冬の日で、冷たい手を温めながら濁りのないスープをすするとしみじみ体に染み渡るようでほっとする。山形に縁もゆかりもないくせに思わず「これこれ!」と言ってしまいそうな安心感があるが、全く違う業界から転身してこの味を確立できるのは、地元のラーメンへの愛と日々の研究の賜物なのだろう。
また、週末限定で数々の限定メニューを提供しているのもこの店の魅力。取材時は、池田さんの名前を冠した「シゲちゃんラーメン」が毎週提供されていた。「今月はシゲちゃんラーメン強化月間なんです。山形の食材にこだわって麺と醤油は山形から仕入れていて、スープの炊き方も中華そばとは違います」。すっかり人気店にもかかわらず向上心は衰えず、ラーメンへ向ける眼差しは真剣そのもの。その味にはまだまだ磨きがかかりそうだ。
東京は無限大の可能性が広がる街
「東京にいて恋しくなるのは山形のお米。あと、気候の差もすごく感じます。酒田の冬は晴れる日が少なくて、年間にカッパを7、8回買い換える必要があったんです」と故郷を思い起こす池田さん。「東京では朝まで飲めるし、全国のおいしいものもそろっているし、いいことづくし。無限大の可能性がありますよね」。
たしかに、上京者にとって東京は夢の街。でも、ここまで言い切れるのはきっと、地元のことも大切に思いながら夢と真摯に向き合っているからこそだろう。
実はすでにお孫さんもいる夫妻(お二人とも若々しすぎて信じられない……)。今後のことを尋ねると「いずれ、子供もこの仕事に興味を持ってくれて、バトンタッチできたらいいな」という。
ラーメンの作り手として山形を誇りに思い、故郷の味をリスペクトながら日々研鑽を重ねる『煮干し中華そば 山形屋』の一杯。山形の味を恋しく思う人が懐かしく思えるだけでなく、これからは竹ノ塚の人々にとっての“ふるさとの味”へも進化していくのかもしれない。
取材・文・撮影=中村こより








