──まさか曽我部さんがカレー屋を始めるとは、思いもしませんでした。

曽我部 : 元々は『CITY COUNTRY CITY』(通称『CCC』。曽我部がオーナーを務める下北沢のカフェバー)の2店舗目を始めようという話だったんですよ。それであの物件を借りたのが、カレー屋を始めるきっかけでした。

──なぜ「カレー」だったんでしょう。

曽我部 : 他にもキッシュ屋さんとかお総菜屋さんとか、いろんな案があったんですけど、考えていくうちに「やっぱりカレーじゃない?」って。老人も子供もみんな好きだし、おなかいっぱいになるし、下北といえばカレーだしね。

吉田 : あの店みたいな味にしたい、とかって何かありましたか?

曽我部 : 新宿の『モンスナック』って知ってる? ああいうサラサラなカレーがいいなって話はしてたね。

曽我部さんが下北沢の一角にオープンした新店『カレーの店・八月』(撮影=本野克佳)
曽我部さんが下北沢の一角にオープンした新店『カレーの店・八月』(撮影=本野克佳)

──吉田さんもご自宅でよくカレーを作るんだとか?

吉田 : はい。『エリックサウス』という南インド系のカレー屋さんがあるんですけど、そこの店長さんが書いた本を読みながら作ったりしてます。ライブハウス・秋葉原グッドマンのイベントによく出店してたマサラワーラー(インド料理を作る2人組ユニット)のカレーが好きで。南インドのカレーを知ったのもマサラワーラーが最初でした。

曽我部 : へえ、南インド系なんだ! 正直、僕はそういうのがよくわかってないんですよね。だから、カレーに詳しい人はうちにきても怒らないでほしい(笑)。それこそジャズとジャズファンクみたいなものでさ。モダンジャズ一派の人からすると、ジャズファンクって安っぽい音楽だと思われがちでしょ? そういうのってカレー界にもある気がするんだよね。こっちが本物で、市販のルーなんて話にならん、みたいなさ。そこの住み分けはあってもいいんじゃないかなって。

吉田さんが注文したのは、看板メニューの八月カレー+あいがけキーマ。「トマトが効いてますね。酸味が印象的」(吉田さん)
吉田さんが注文したのは、看板メニューの八月カレー+あいがけキーマ。「トマトが効いてますね。酸味が印象的」(吉田さん)

──曽我部さんはどんなカレーがお好きなんですか。

曽我部 : 大体どこもおいしいですよね、カレーって。というか、そもそもまずい飲食店ってあんまりない気がするんだけど。ある? ここまずかったなぁっていうお店。

吉田 : そこまでまずいところがあったら、むしろ行ってみたいですね。

曽我部 : だよね(笑)。実際、どこもおいしいんですよ。それにカレーって、お店にそれぞれの味があって、食べる人の好みもバラバラでしょ? そこがいいよね。僕は給食のカレーも大好き。あと、やっぱり家カレーじゃない? 晩ご飯で「今日はカレーだよ」ってなると、 いまだに「イエーイ!」ってなる。そういう子供の頃の感覚をひきずってるようなところもあるよね。

吉田 : 普段のご飯よりも、ちょっとだけワクワクしながら食べてる感じがありますよね。それにカレーって、まだ知らない味がいっぱいあるような気がするんです。他の料理にはそういう期待感ってあまりないんですけど、カレーに対しては「もっと知りたいな」っていう気持ちが湧くというか。

曽我部 : スパイスの力もあるんじゃないかな。世田谷代田の『ボンナボンナ』っていうカレー屋さんに行くと、スパイスを嗅がしてくれるんだけど、それがすごいんだよ。香辛料って、辛いとかしょっぱいとかじゃなくて、感性に訴えかけてくるんだよね。だから、カレーを食べた時のうれしさってちょっと複合的なのかもしれない。

「カレーって、食べても作っても心にいい感じがする」

吉田 : カレーって、食べても作っても心にいい感じがするというか、ちょっと瞑想(めいそう)的な雰囲気もありますよね。心のよどみが取れていくような感覚がある。タマネギをただ炒めている時間とかも、邪念がなくなって小ずるい考え方から解放されるんですよね。

──吉田さんは、飲食店をやってみたいと思ったことってありますか?

吉田 : お店はやりたくないですね(笑)。というか自分には絶対できないと思う。

曽我部 : これはやってみてわかったことだけど、飲食店はまず儲からないよ(笑)。うちはスタッフの給料と家賃でトントン。それで店長に「儲からないもんだね」と言ったら「みんな好きでやってますから」と言われて、やっぱり飲食の人はすごいなと思ったね。

吉田 : そこなんですよね。老舗の食堂とかって、それこそ店舗を増やそうとするわけでもなく、ただ毎日休みなくやり続けるじゃないですか。それってホントすごいと思う。

曽我部 : その姿勢には学ぶべきものがあるよね。僕らは一獲千金を狙う業界じゃないですか。でも、実際に音楽で一獲千金を狙える人なんて数万人に一人だからね。本当はそんなやり方やめて、粛々といいものを提供すればいいんだけど、どうしても「売れなきゃ」みたいな気持ちになっちゃうからさ。

──吉田さんにも一発当てたいみたいな気持ちはある?

吉田 : 1の力で5のお金がもらえるような状態をなんとか作れないかな、みたいな気持ちは常にありますね。何かを粛々とやり続けるっていう境地には全然いけてないです。

曽我部 : 飲食の人はそれをやっているよね。それは食事を作るってこともそうだけど、お客さんに食べてもらうことが好きなんだなって。

一曲ドカンと売れたりしないかなぁ

──そこはミュージシャンが音楽をつくるのと違うんですか?

曽我部 : さっき吉田君も言ってたけど、僕らには「楽して遊んで暮らしたいな」みたいな気持ちがどっかにあるからさ(笑)。1曲ドカンと売れたりしないかなぁってね。

吉田 : それでも飲食店のオーナーをやろうと思ったのはなぜなんですか?

曽我部 : それは『CCC』もそうだけど、流れなんだよね。友だちが下北でレコード屋をやりたいと言いだしたから「だったら夜はバーにして、ダブルで収入があったほうが回せるんじゃない?」みたいな話をしてたら、なんか自分も参加せざるを得ない空気になって、形式上オーナーになったっていう(笑)。そうするうちにランチを始めたり、もう一軒やることになったんだけど、あまりにも儲からない(笑)。

『カレーの店・八月』と同ビルの3階にある中古レコード店『PINKMOON RECORDS』。レコードには曽我部さん手書きのポップが。
『カレーの店・八月』と同ビルの3階にある中古レコード店『PINKMOON RECORDS』。レコードには曽我部さん手書きのポップが。

「おいしかったです」って言ったほうがいいですか?

吉田 : 前から思ってたんですけど……お店を出るときに「おいしかったです」って言ったほうがいいですか?

曽我部 : (笑)。「おいしかった」と言われると、やっぱりうれしいよね。食べてくれた人がお店を出ていくときって、ちょっと不安になるんだよ。そこで一言おいしかったと言ってもらえると、よかったぁってなるんだよね。音楽はそういうのってないからさ。

──音楽にもお客さんの反応はあるのでは?

曽我部 : 音楽は自己満足のほうが大きいと思うんですよ。つくったものが他人に気に入ってもらえなかったとしても、それはそれで仕方ないというか。でも、食事は自己表現じゃないからね。

──吉田さんはどうでしょう? 聴く人の反応って気になりませんか。

吉田 : 気にはなりますけど、あんまり期待してないというか。それこそ音楽で一発当てたいっていう気持ちは、今はそんなにないですね。音楽に関しては、あまり自問自答せずに続けてます。

──今は何で一発当てようと?

吉田 : 急に金持ちになった地元の友達にいろいろ教えてもらって、ちょっと仮想通貨をやろうかなと。最近はプログロムを仕込めば勝手に取引してくれるやつを5万円で買いました。まだ設定がうまくできないんですけど、たまにお金を無駄に使っちゃったときも「俺にはあれがあるから大丈夫」という気持ちが心の支えになっています。

曽我部 : 最高ですね、それ(笑)。

「売れないときも平気でいるってことは大事かなと」

吉田 : 曽我部さんは音楽もお店も、粛々とやり続けてますよね。作品もたくさん出してて、ホントすごいなって。

曽我部 : 音楽はやりたいからやっているだけなんだけどね。ギャンブルと一緒で、売れないときも平気でいるってことは大事かなと思ってます。それは飲食店も同じで、この4〜5月に毎日お店に立ってたときもそうだったけど、お客さんがずっと来るってこともなければ、ずっと来ないってこともないんですよ。波がきてはまた去る。人生ってそういうもんですよね。

──5月に曽我部さんが発表した新曲『Sometime In Tokyo City』は、このコロナ禍にカレー屋さんを始めたからこそ生まれた歌なのでしょうか?

曽我部 : たしかにあの歌はこの時期じゃなければできなかったと思う。毎日テイクアウトのカレーを売って、あとは家に帰って寝るだけの生活をしていた時期に生まれた曲なので。

──音楽活動がままならない時期だからこそ生まれた曲だと。

曽我部 : そうだね。それに僕が曲をたくさん出すのは、あまり良しあしで曲を選んでないというか。できちゃったものは全部出しちゃおう、みたいな感じで。

吉田 : 過去に出したものがのちに評価されるってこともありますもんね。

曽我部 : そうそう。時代が変わったらいいって言われるかもしれないから、とりあえず出しといたほうがいいかなって。

──飲食はそうもいきませんよね。

曽我部 : 音楽は残すことを前提としてる文化で、それってすごく恵まれていると思う。飲食はもっとシビアな世界だよね。お客さんにうまいと言ってもらわないと話にならないんだから。

吉田 : 昔は音楽もそうだったんですよね。作品みたいな料理ってあるじゃないですか。でも、それだってすぐに消えちゃう。料理人はそれでもいいと思えるんだから、すげえなと思います。

曽我部恵一

1971年生まれ、香川県坂出市出身。1992年にサニーデイ・サービスを結成。2001年にソロ・デビュー。04年にはレーベル「ROSERECORDS」を設立。下北沢にてカフェバー『CITY COUNTRY CITY』『カレーの店・八月』のオーナーも務めている。

吉田靖直

1987年生まれ、香川県三豊市出身。2006年に結成したトリプルファイヤーではボーカルと作詞を担当。ソロとしては『タモリ倶楽部』などのテレビ番組にも出演する他、近年は俳優や文筆家としても活動の場を広げている。さんたつで「ここに来るまで忘れてた。」連載中。

取材・構成=渡辺裕也 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2020年9月号より