コシの強い独特なそば

神保町『立ち喰いそば梅市』のそばは、一見するとスタンダードな立ち食いそばに見えるが、麺がかなり面白い。丸みがあって中太に近い太さの生麺そばは、噛むとしっかりしたコシがある。短い調理時間が必要な立ち食いそばでは、江戸風な細めの生麺がよく使われていることもあって、初めて食べたときはちょっと驚いた。

ゲソかき揚げそば690円。天ぷらは基本、揚げ置きだが、注文後に揚げ直してくれるのでアツアツ。
ゲソかき揚げそば690円。天ぷらは基本、揚げ置きだが、注文後に揚げ直してくれるのでアツアツ。

しっかりしたそばだから、温かいかけ汁に浸かってもダレることなく存在感は抜群。風味もあってモグモグ食べていると「そば食っている」感がとても強い。さらにかえしのきいたツユ、ゲソ天のようなパンチのきいたタネにもよく合う。このそばのおかげで、満足度の高い一杯となっている。

グニッとした食感の独特なそば。
グニッとした食感の独特なそば。

店のたたずまいから、極めてオーソドックスな立ち食いそばが出てくるかと思えば、普通とはちょっと違う、そしておいしいそばが食べられる。これはけっこううれしい。『立ち喰いそば梅市』はオープンしてすぐに神保町の人たちから厚く支持され、今ではすっかり人気店となった。

角地という好立地。黄色い看板が食欲をそそる。
角地という好立地。黄色い看板が食欲をそそる。

「1から10まで自分でやりたかった」

実によくできた一杯。てっきり長く飲食をやってきた人がこの店を始めたのかと思えば、店主は、もともと他業種で会社を経営していたのだという。その会社は長くやっていたのだが、誰かに仕事をしてもらうよりも、1から10まで自分ひとりでできることをやりたいと、もともと好きだった立ち食いそば店を始めることを決意。会社を譲渡し、他店で働いて立ち食いそばを勉強して『立ち喰いそば梅市』を始めたのだ。

ワンオペで店をまわす店主。
ワンオペで店をまわす店主。

開業を目指して店主が働いていたのは浅草橋にあった「清水や」で、1年半ほど働いた。ツユの味、特にかえしは「清水や」を参考にしているそうで、そう言われればアタック強めのツユは、「清水や」に似ているような気がする。その後、「清水や」が閉店したため、今度は『よもだそば』で働く。こちらは言わずと知れた人気店で、業務は多忙。そんな中での店のまわし方は、とても参考になったという。

立ち食いそば好きの心をくすぐるメニュー群。
立ち食いそば好きの心をくすぐるメニュー群。

『梅市』のそばは、小岩にある『岩野製麺所』の麺。店主は『よもだそば』で働きながら自分の店の開店準備を進めていたところ、たまたま家の近所にあった『岩野製麺所』のことを知った。近所にありながら存在すら知らなかったのだが、試しにとそばを食べてみると実にしっかりしていておいしい。温かいツユでもダレない生麺のそばを探していた店主はすぐに気に入り、『梅市』に卸してもらえるように頼んだ。この独特なそばが生まれたのは、偶然『岩野製麺所』を見つけたからなのだ。

ちなみに『岩野製麺所』のそばは、店頭売りのみで飲食店にはまったく卸していないという。『梅市』のそばは、なかなか貴重な一杯なのだ。

生麺のそばは少量ずつの見込み茹で。
生麺のそばは少量ずつの見込み茹で。

冷やしが抜群のそば

このそばなら冷たいのもいいのではないかと、冷やしラー油肉そば790円を食べてみた。肉の野性的な旨味、ラー油の香ばしい辛さに、冷水で締められてよりコシを感じるそばがまったく負けていない。

ざくざくのラー油がポイント。
ざくざくのラー油がポイント。

立ち食いそばでは定番の冷やしたぬきもいい。具はたぬきのみと潔いが、そのぶんそば自身をしっかり楽しめる。

このそばなら、もりもいいのではないかと思ったが、残念ながらメニューにもりそばはない。店はひとりでやっているため、なかなかそこまで手がまわらないそうだ。

冷やしたぬき490円に温玉80円をプラス。そばに絡む玉子が最高。
冷やしたぬき490円に温玉80円をプラス。そばに絡む玉子が最高。

他業種から立ち食いそば店に転身し、見事に成功させた店主。体力的にキツイところはあるが、以前の仕事に比べてストレスはまったく感じていないそうだ。「前は他力本願なところがありましたけど、今は全部、じぶんひとりでやる。経営やメニューで工夫したいなと思ったら、自分の判断で実行できるので、思い切ってやってよかったと思います」と、満足げに話してくれた。

取材時は夕方の4時頃だったが、そんな時間でも客がポツポツとやってくる。ランチタイムともなれば、店内は客でいっぱい。『立ち喰いそば梅市』の個性的なそばは、すっかり神保町になじんだようだ。

住所:東京都千代田区神田神保町1-2-8/営業時間:11:00~18:30(土は~15:00)/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩1分

取材・撮影・文=本橋隆司