修業した名店のスタイルを踏襲。麦を仕入れて自家製粉も
『大久保ベーカリー』の店主、大久保伊織(おおくぼいおり)さんは、パティシエを目指して専門学校で学び、パンも販売する洋菓子店で4年間勤務。焼きたてが喜ばれるパンづくりに魅力を感じて、パンの専門店で修業することにした。修業先は代々木上原にある名店『カタネベーカリー』だ。
『カタネベーカリー』には6年半在籍。「毎日、改善すべき点を探して、自分で解決していくこと。職人としての心構えや気概を学びました」と振り返る。
パンづくりの基本は『カタネベーカリー』で学んだことを実践している。パンのレシピはもちろん、安心できる素材として国産小麦を使うこと、カスタードクリームやあんこ、パテ、ベーコンに至るまでさまざまなものを自家製すること、製粉済みの小麦粉のほかに、農家から粒のままの玄麦(げんばく)を仕入れてお店で製粉することなどだ。
玄麦は、北海道と長野、合わせて4件の農家から直接仕入れている。「同じ農家さんの小麦でも、年によってパンの仕上がりが違うんですよ。畑で作られた食物なんだなと実感しています」と大久保さん。玄麦は丸ごと石臼で挽いて、外皮(ふすま)や胚芽、胚乳を含む全粒粉としてカンパーニュや食パン型の全粒粉のパンなどに使っている。ふすま部分は油脂が含まれていて酸化しやすいが、自家製粉すると新鮮なままパンにできることがメリットだ。
「エグみがなくて食べやすいですよ」という全粒粉のパンは、全粒粉らしい奥行きとやさしさが両立した味わいだ。
精製した小麦と混ぜて全粒粉を使うことも多く、その一つであるスコーンも自信作。「食感がプチプチしていて、味にコクがあります。小麦とバターの香りもいいんですよ」とのこと。
人気No.1は食パン。No.2はパン屋さんのマドレーヌ
大久保さんは自分の作るパンを「特別や高級なものではなくて、安心安全な材料で、子供からお年寄りまでみんなが食べられるように作っています」と話す。
みんなが日常的に食べるパンの代表格といえば食パン。『大久保ベーカリー』で1番人気だ。「ほんのり甘みがあって、食べ飽きない味わいです」と大久保さん。
山型食パンは、そのまま食べるともっちりした食感で、口の中にしっとりした生地が吸い付くよう。トーストするとカリッと香ばしい。さらに中心部分は外側に包まれるようにもちっとして食感の差を味わえる。
2番目に人気なのは“パン屋さんのマドレーヌ”と名づけられた焼き菓子。「マドレーヌという名前にしていますが、作り方はフィナンシェです」と大久保さん。カスタードクリームなどの製造過程で残った卵白を利用しているため、全卵を使うマドレーヌではなく卵白を使うフィナンシェをマドレーヌの焼き型で焼いているという。大久保さんが培った製菓の経験が生かされた一品だ。
しっとりしていてやわらかな甘さのマドレーヌは、パンよりも日持ちがして、ちょっとした手みやげにもピッタリ。パン屋さんのマドレーヌという名前にも親近感が湧いてくる。
雨の日や夏にも街に愛されるために
パン屋さんの売り上げは天候に大きく影響を受け、雨の日は客足が途絶えがちだ。ところが『大久保ベーカリー』は、「雨の日でも、そんなに売り上げが落ちないと実感しています」という。その理由は、ほとんどの常連客が近所の人だから。
駅から遠い分、常連客の声を大事にして、ぶどう入りの食パンを作ったり、メレンゲ菓子を食べやすいサイズにしたりとリクエストに応える変更も行ってきた。最近は、子供たちからほしいパンを募って、実現させるイベントも実施。「パンづくり以上に、お客さんに喜んでもらうことをするのが好きなんです」と大久保さん。
客足が遠のきがちな夏に向けて、2025年はなますや豚肉を挟んだベトナムのサンドイッチ、バインミーを用意。もちろん具材は自家製。食欲の落ちる季節に食べてもらいたいと考えている。
店主が持つ製菓と製パンの技術を柔軟に生かして、パンやお菓子を作る『大久保ベーカリー』。オープンから2年半余りですっかり街に欠かせない存在になっているようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり