複雑な生い立ちと多彩なお仕事
この人は何のためにいるのだろう。多くの人が疑問に思っていながら、ついスルーしてしまっている謎の男・源公。
名は源吉というらしいが姓までは伝わっていない。生まれは関西方面。孤児であるという。時代的に戦災孤児だろうか。
柴又に来たいきさつは
・御前様が大阪に行った時に出会って、そのまま連れてきた説
・寅さんが「これ、頼むよ」って置いて行った説
の2説があるが定かではない。
少なくとも寅さんが20年ぶりに柴又に戻った昭和44年(1969)の時点で「兄貴ぃ」と呼んでいたことから(第1作)、寅さんが出奔した昭和24年には、柴又に在住であったかと推察される。
仕事は帝釈天題経寺の寺男と思われがちだが、一概にそうとも言えない。
寅さん帰郷以降、啖呵売のアシスタントやサクラ(第2作、第17作など)、旅のお供(第2作)、「とらや」の手伝い(第3作)など、寺男以外の業務にも多く就いている。
その点、寅さんの舎弟・登にも近いスタンスにも思え、また寺男でありながら帝釈天参道界隈のフリーの便利屋を兼業(バイト?)しているようにも思える。
ただ第5作で題経寺を破門され、柴又を所払いになった際には、浦安の豆腐屋で働いていた。
“フーテン”なる形容は、寅さんよりもむしろ源公のほうが似合うような一面もあるかも。
寅さんには絶対服従と思いきや……
寅さんのトランクを代わりに持つシーンが印象的な源公だが、鞄持ち・荷物持ちにとどまらず、時にはどつかれ、時には遊び相手にされ、挙げ句の果てには2万円強奪(第26作)されたりと、気の毒なくらい散々な目に遭っている。パワハラ上司に当たった不幸な部下とでも言うべきか。
しかし、黙って酷使に耐えているだけではない。随所で反乱も起こす。しょっちゅう寅さんの失恋や失敗を嘲笑し、寅さんが旅先でケガをした際には、スピーカーとなって参道を触れ回った(第45作)。さらには「バカ」と書かれた寅の似顔絵を鐘に貼って鐘木をつくなど渾身の復讐もある(第10作)。
源公、やる時ゃあやるのだ。
煩悩の人、源公
源公の無二の保護者であり師であり雇い主である御前様。この師弟(?)は「煩悩」の二文字で固く結ばれている。
まずは源公。コイツは紛れもなく「煩悩の人」だ。
御前様の娘に淡い恋心を抱いたり(第1作)、公共の場で聞かれもしないのに「聖子ちゃん、タイプ」(第37作)とのたまうなんてのはまだかわいい。
高校生の満男に向かって
「満男、ビデオ観るか、裏ビデオ」(第39作)とヨコシマな道に誘ったり、
「今度お茶飲みに行こうな」(第44作)と参道の女店員をナンパしたりと、
常に煩悩全開なのである。今のご時世、芸能人が同じコトやったらSNS炎上じゃ済まないだろうな。
余談だが、上記「裏ビデオ」の一幕は筆者的には全作品中トップテンに入るほどのお気に入りのシーンである(いまだ共感してくれた方はいないが……)。
源公が煩悩の人である一方、御前様はおのれの煩悩を消し去らんと一生を修行に捧げる尊いお方である(当連載「御前様」の回参照)。
きっと、源公を諭そうと長きにわたって努力されたことだろう。が、しかし、当の源公には改心するどころか、あろうことか御前様に対する不敬な態度をとる様子が多々見られる。
御前様も御前様で、ときには鐘の内側に源公を立たせ、ゴーンと鐘をつくなど荒療治も辞さない(第23作)。
しかし、さすがの御前様もシリーズ後半になると見放す。
「あやつも修行が足りん」(第32作)
「アレは愚者以前です」(第39作)
など評価は辛辣だ。
「御前様独特の愛情表現ではないか」という声もあろう。しかし御前様のシリーズ最後の言葉
「(源公の頭剃りを指して)殺意を覚えます」(第45作)
から推察すると、かなりマジで見放していらっしゃったと思うのだが、読者諸氏のご意見はいかがだろうか。
源公って落語のあいつじゃね?
ざっと源公の生きざまを見てきたが、どうにもこの男、ホントにくだらない。いとおしいくらいくだらない。ホッとするくらいくだらない。
そこで、ふと思い当たったのが「これって落語じゃね?」ってこと。
落語(とくに長屋噺)に出てくるのは「熊さん、八っつあん、横丁のご隠居さん、バカで与太郎…」なんて申します。
そんなお馴染みの登場人物は、帝釈天参道界隈にそのまま当てはまる。すなわち、能天気な熊さんはタコ社長、がさつな八っつあんは寅さん、博識で周囲から尊敬を集めるご隠居さんは御前様、そして愛すべき馬鹿キャラの与太郎は源公ってな具合。
ちなみに落語の演目「錦の袈裟」に出てくる与太郎なんぞ「これ源公じゃないか?」と錯覚するほど。
また、登場人物のみならず、彼らを取り巻く世界観にも落語との共通点が多い。
おおよそ与太郎は周囲にバカにされ、何の役にも立っていないけども、むごい差別を受けることなく社会の構成員としてなんとなく認知されている。それは帝釈天参道界隈における源公とまったく同じだ。
源公=与太郎を笑いで包容する社会
「源公は何のためにいるか?」
こざかしい理屈は、そこいらのインテリが考えてりゃいい。
ちょっとガサツだろうがオツムが足りなかろうが、結局は「馬鹿だねぇ」てな愛情あふれる軽口や優しい笑いで包容するフトコロの深い社会が、落語にも『男はつらいよ』シリーズにもある。その象徴が与太郎であり源公なのだ。それ以上の答はいるまい。
今や消えつつあるそんな世情、源公のアフロヘアを見たら思い出してみたい。
文・写真=瀬戸信保
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