展示する「文学」とは、広い意味での「作家の言葉」
『世田谷文学館』が開館したのは、1995年4月のことだ。
「当館は、区ゆかりの文学資料の散逸防止を目的に開設しました。しかし都内ではすでにいくつかの文学館が同様の活動をされており、他館との差別化や存在意義を自問したんです」
学芸員の佐野晃一郎さんは話す。開館して最初の企画展は、『横溝正史と「新青年」の作家たち展』。以降、絵本作家や映画監督、作詞家の作品など、純文学にとらわれず幅広いテーマを取り上げていく。
「開館当初の企画展は世田谷の作家に限定していましたが、取り上げる人物もジャンルも、だんだんと広がっていきました。例えば映画といっても、その作品の原作や脚本は文学作品です。さらに文学を越境して、言葉に関するものを広く取り上げていくようになります。漫画も吹き出しの中は言葉ですしね」
2007年に開催した『美内すずえと「ガラスの仮面」展』が、最初の漫画家の企画展だった。「作家の言葉を紹介することで、その方の考え方や思想が伝わっていくだろうと思っています。だから書籍の表紙や生原稿だけではなく、考えを視覚的にとらえられるように造作を工夫しています」。
後発だからこその試行錯誤の日々
『世田谷文学館』の展示には熱がある。原稿や原画が整然と並んでいる一方で、作品内の印象的なセリフや擬態語、キャラクターの絵が柱や壁に大きく掲示されていたり、作品世界を立体化したジオラマがあったり、心の赴くままに回遊するのが楽しい。
学芸員たちは作品をひたすら読みこみ、「どれだけ好きになれるか」がカギとのことで、その「好き」がひしひしと伝わってくるのだ。言葉で書かれた風景が、目の前に立ち上がる。
『世田谷文学館』が「文学を体験する空間」を標榜する由縁である。
「我々は文学館の中でも後発の“遅れてきた”存在。何より文学館自体、美術館や動物園などあまたある博物館の中で歴史が浅い分野です。だからこそ、『文学館って何だろう』という自問自答をくり返して活動をしてきました。おのずと今あるものを紹介するだけではなく、まだ形がないものを作っていこうとする風土があります」
実験的な試みは、展示だけに留まらない。1999年から始めた「移動文学館」は、全国の公共施設に展示キットの貸し出しを無料で行う取り組みだ。作家やイラストレーターの作品をバナーやパネルにし、配送する。自分たちで展示空間を作る体験も得られるだろう。
「『移動文学館』は、区内の学校や図書館でも多く利用していただいています。また、ワークショップや講座、コンサートなどを開催していて、近隣の方との交流もさかんです」
一定の世代に限らず、次の世代へ引き継ぐことも考えて、企画や展示を考えているという。訪れるたびに、文学の新たな側面を発見し、体験できる場である。
充実のミュージアムショップ~展覧会関連からオリジナルまでずらり~
これまで開催した企画展の際に制作したものも含めてオリジナルグッズが揃う。
手帖、しおり、手ぬぐい、バッグなど、日常生活のなかに無理なく文学作品が浸透していくようなものが多く、普段使いにもぴったり。気の利いた世田谷みやげとしても、喜ばれるだろう。
ムットーニコレクション~コレクション展内で毎時30分に上演~
ムットーニこと武藤政彦氏は、自動からくり人形作家。
開館時に、文学作品を楽しむ手法の一つとして制作を依頼し『山月記』『猫町』などの“からくり文学作品”が誕生。人形、装置、音楽、朗読が一体となった作品は唯一無二。現在、10作品を所蔵している。
グッズも販売中
『世田谷文学館』詳細
取材・文=屋敷直子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2024年4月号より