アメリカンダイナーと見まがう絶品焼き鳥屋

冬がずれ込むように寒さがつづいたせいか4月に入って急に桜がぼんぼんと咲き、人々の新生活を正しく祝っていた。私も日本の春に迎えられたきもちで清澄白河に降り立ち、約束の店『APOLLO』へたどり着くと目がいっきにアメリカへ瞬間移動した。

エレベーターの扉が開いたらばばんと出迎えてくれるネオン。
エレベーターの扉が開いたらばばんと出迎えてくれるネオン。

アメリカンダイナーみたいなネオンがならぶ店内を見渡すと、あらゆるところに「CRAZY KEN BAND」の文字。店主・柳澤大輔さんがファンなのだそうだ。なるほど、60〜70’sスタイルのロックでこの内装か!

椎名さんはもうカウンターに座ってお店の方々とおしゃべりしながら一杯やりはじめている。下町の気質とも言えるかもしれないが、みなさん陽気にひらけた方々で、よそ者の私をすんなりと受け入れてくれた。

店主・柳澤大輔(やなぎさわだいすけ)さん。写真通りのナイスな人!
店主・柳澤大輔(やなぎさわだいすけ)さん。写真通りのナイスな人!

「焼き鳥は5本・8本・10本で選べて、ボリュームあるから小食なら10本は無理かも。自分は8本にするけど、どうします?」と椎名さんが手際よく進行してくださり、私は5本コース(1350円)をいただくことにした。品目は基本的におまかせだ。

お通しを食べながら口を潤していると、すぐに1本目が到着。ひと口食べて「うわ、うまっ!」。素材がいいのか焼き手で違うのか、難しいことはわからないがともかく素直な感想として、いままで食べた焼き鳥のなかでも極上に旨い……。

つづけて来る串たちを味わいながら、椎名さんに話を聞こう。

1本目のハツモトは脂の旨味と肉の弾力を同時に楽しめる。これがおいしすぎて衝撃でした。
1本目のハツモトは脂の旨味と肉の弾力を同時に楽しめる。これがおいしすぎて衝撃でした。

江戸切子の価値を、職人でない立場から

彼が会社として『椎名切子(GLASSーLAB)』を立ち上げたのは約10年前。祖父の代から続く老舗のガラス加工工場であったが、椎名さん自身はもともと継ぐ気がなかった。大学を出て企業に就職し、転職を経つつ会社員をしていたという。

「2014年まで不動産情報サイトの営業職でした。そこが起業文化のある会社で、まわりの先輩たちがどんどん起業して辞めていく。そのなかで、ひとり大切な先輩を急に亡くしてしまったんです。それを機に、自分はこれからどう生きていこうかと向き合いました」

そこで家業のガラス加工業を消費者向けに展開する会社として起業することに。職人ではない立場で、ガラス加工にかかわろうと決めたのだ。経営、マーケティング、営業、プロデュース……椎名さんはいま、職人の手仕事以外のすべてを引き受けている。

2本目のソリ。店によってはソリレスとも。旨い!
2本目のソリ。店によってはソリレスとも。旨い!

「どうも職人には向いてないんです、やってみたこともあるんだけど途中で眠くなっちゃって全然だめ(笑)。細部にこだわって作れる父や弟にそこはまかせて、自分は、彼らの技術を江戸切子として活用し、もっと多くの人に知ってもらうほうに力を注ぐことにしました」

伝統工芸としての価値に加え、企業向けにオリジナル江戸切子を特注で受けたり、制作体験のワークショップをはじめたりと新しいサービスをプロデュースした。

今回は特別に、わざわざグラスを持参しデモンストレーションしてくださった! 酒を注ぐと、底面の絵が万華鏡みたいに広がる。
今回は特別に、わざわざグラスを持参しデモンストレーションしてくださった! 酒を注ぐと、底面の絵が万華鏡みたいに広がる。

そして2023年には、東京都による伝統工芸品支援プロジェクト「東京手仕事」で最高賞の東京都知事賞を獲得。椎名さんは海外での展示会にも積極的に参加し、江戸切子のもつ、時代を問わない美しさを世界へ発信している。

東京都知事賞を獲得した「蛇ノ目切子」。うっとりするほど美しい和酒専用の江戸切子だ。(写真=『椎名切子(GLASSーLAB)』提供)
東京都知事賞を獲得した「蛇ノ目切子」。うっとりするほど美しい和酒専用の江戸切子だ。(写真=『椎名切子(GLASSーLAB)』提供)

すぐれた伝統工芸はたしかに存在する。しかし職人は会社経営やモノを売ることのプロではない。

モノも情報も大量に生産・消費される現代に、ちいさなガラス工場がひとつずつ手でつくる江戸切子の価値を伝えるためには、椎名さんの役割が重要になっている。

「ずっと加工部門を手伝ってくれていた職人が、最近正式に社員として入ってくれたので、ここからはもっと売ります!」と意気込む椎名さんが頼もしくて、なぜか私まで当事者のようにありがたく感じられるのだった。

3本目の白レバーは『APOLLO』の看板メニュー。ぷりぷりで臭みがなく、普段レバーを進んで頼まない私でも大変おいしくいただけた。
3本目の白レバーは『APOLLO』の看板メニュー。ぷりぷりで臭みがなく、普段レバーを進んで頼まない私でも大変おいしくいただけた。

深川のクラフトジンが手頃な価格で飲める

ここでレモンサワーを飲み終えた私に、椎名さんがぜひ飲んでほしいとおすすめしてくれたのが「深川ハイボール」というもの。深川は清澄白河を含む江東区エリアの旧名だが、深川ハイボールには一体何の酒が使われているのでしょうか?

「この近くにある『深川蒸留所』ってところのクラフトジンをソーダで割ったものなんです。とにかく香りがめちゃくちゃいいから、飲んでみて」

深川ハイボール(760円)とFUEKI。ボトルしゃれてるなあ。
深川ハイボール(760円)とFUEKI。ボトルしゃれてるなあ。

口からごくりと飲み込めば、鼻から木の香りがすうっと抜けていく。ジンのほろ苦さとほのかな甘みがおいしい! これ、すっごく気に入ってしまいました。ジンは香りを飲むお酒って言われてるらしいですよ、と椎名さんが教えてくれて大納得。

「この『FUEKI』を760円で飲めるのは、ここらでもあんまりないらしいよ(笑)」と店主の柳澤さん。焼き鳥のしつこくない脂をさらにすっきりリセットしてくれる深川ハイボール、飲んだらまた次の串いけちゃいます。みなさん飲んでみて!

4本目のもも。「うまー!」と幸せそうに頬張る。
4本目のもも。「うまー!」と幸せそうに頬張る。

清澄白河をサスティナブルな街へ

清澄白河では古くから3年に一度、富岡八幡宮の例大祭(通称・深川八幡祭り)が開催される。大小あわせて100基をこえる町会ごとの神輿が街を練り歩く大々的な祭りで、江戸三大祭のひとつだ。椎名さんの家も代々この祭りに深くかかわり、神輿総代を担ってきた。

一方で、2015年に『ブルーボトルコーヒー』が日本初出店の地に選んだあたりから清澄白河はカフェの激戦区になり、連なるようにして新しくしゃれた店がどんどん増えている。

……となると、昔からの住人と新しくやってきた人との関係が気になるところ。そのあたりの事情を思いきってたずねてみた。

「新しくきた人はそもそもどう地域参加すればいいかわからないですよね。たとえば急に町内会の神輿を担ぐなんてハードル高いでしょ? でもあれって1基ごとに担ぎ手が500人とか必要で、新しい住人の方にも参加してもらわないと成立しないんですよ」

ご、ごひゃくにん!? まず規模のでかさにとにかくびっくりしたのだが、つづけて椎名さんの地域に対する動きかたにも驚かされる。

「深川エリアで商売をはじめた方々と地域をつなぐきっかけをつくりたくて、これまでにトークイベントやまち歩きイベントなどを何度も企画してきました。おかげでたくさんの人と知りあえて、街のためだったけど自分がいろんな場所に行きやすくなった(笑)。互いに顔の見える関係は、いざというときにも助けあえるからありがたいです」

たしかに先ほどから、椎名さんと柳澤さんは周辺エリアの店やイベントの話で盛り上がっている。こうして都心の飲み屋で当たり前にローカルな会話が行われると田舎出身の私の目にはちょっと不思議に映るのだが、東京だってひとつの地方であることに変わりはない。

5本目のつくね。取材でゆっくり食べていたのもあるが、しっかりおなかが満たされた。5本コースは小食の方にちょうどよし。
5本目のつくね。取材でゆっくり食べていたのもあるが、しっかりおなかが満たされた。5本コースは小食の方にちょうどよし。

「もちろん町内会とつながりたくない人もいる。でもそこは東京の強みで……人が多いからそういう人がいても大丈夫なんです。強制参加なんて自分も嫌ですし。だけど地域内に人間関係があると、街がサステナブルじゃないですか」と笑う椎名さんを見て、持続可能という言葉の本質をなんとなく心で捉えられた気がした。

取材を終えてお店の方々も交えて雑談していると、ようやくサトーさんの素が見えてきたね〜! と柳澤さんが言う。ここにいる人たちは、匿名の取材者でなく私として私を迎えてくれていた。人と生きていてうれしい瞬間とはこうして突然やってくるものだ。

このあと続々とお客さんがいらっしゃってすぐ満席に。混みあう前にお話できてよかった。
このあと続々とお客さんがいらっしゃってすぐ満席に。混みあう前にお話できてよかった。

帰り道、他にもいい店ありますんでまた来てくださいね! と椎名さんは言った。あらためて清澄白河は彼の地元で、愛してやまない場所なのだな。

隅田川に浮かぶ花びらみたいに頬をうすピンクに染め、波間をただ酔いながらゆっくり歩く。満ちた気持ちで家路についた。クラフトジンでややおぼつかない私の足は、ふたたび清澄白河へ向くだろう。深川八幡祭りも見てみたいし、おしゃれなカフェやセレクトショップにも立ち寄りたい。

そして次に『APOLLO』に行くときは、かならず、8本食べてやる!

住所:東京都江東区清澄3-9-12 5階/営業時間:18:00~売り切れ次第終了/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄大江戸線・半蔵門線清澄白河駅から徒歩1分

取材・文・撮影=サトーカンナ