モン族(ミャンマー)
ミャンマー南部のモン州を中心に、タイとの国境にかけて住む少数民族で、人口はおよそ120万人。映画・小説『ビルマの竪琴』はモン州が舞台になっている。日本では高田馬場や大塚、駒込、池袋など都内のほか日本各地に暮らす。留学生や技能実習生が多い。
モン族料理においていちばん大事なもの
ミャンマーで最も多いのは人口の6割ほどを占めるビルマ族だが、彼らの食べている料理の香りは、ティンさんいわく「インドに近いと思う。カレーに使うマサラ(ミックススパイス)あるでしょう。あの香りかな」とのこと。
それならモン族の料理の香りはどんな感じ?
「にんにくと唐辛子、それと、これですよね」
厨房から出してきてくれたのは、なにやら茶色いペースト状のもの。これ、マリアンプラムというマンゴーの一種で、実の部分を発酵させてあるのだとか。ほのかにさわやかな柑橘系の香りだ。このペーストを調味料として幅広く使うのがモン族料理の特徴なのだとか。
「これがないとモン族の味にはならないんです、いちばん大事」
末弟のラ・ミン・カンさんも言う。フルーツ由来の酸味や香りを大切にする文化は、この連載でも以前紹介したやはりミャンマーの少数民族ラカインにもどこか通じるものを感じる。モンもラカインも、料理としては西のインドというより東のタイに近しいものがあるようだが、どちらも文化の境界に生きる人々であり、ミャンマーという国の多様性を思う。
民主化運動と高田馬場の関係とは
ここ新宿区・高田馬場は「リトル・ヤンゴン」と呼ばれていることで知られているが、もともとミャンマー人たちが集住していたのは西武新宿線でふた駅となりの中井だった。1980年代のことだ。日本には少数ながら出稼ぎや就学目的のミャンマー人が住んでいたが、その頃は外国人に部屋を貸してくれる不動産屋がほとんどなかった時代。ところが中井には、住むところに困っていたミャンマー人の面倒を見る日本人がいたのだそうだ。所有するいくつかのアパートを貸してくれるだけでなく、なんやかやと世話を焼いてくれたといわれる。
そのアパートのまわりにミャンマー人がコミュニティーをつくっていったのだが、大きな変化が母国で起きる。1988年、大規模な民主化運動が始まるのだ。しかし軍はこれを弾圧。さらに軍事政権が成立したことで、迫害を恐れた人々が故郷から脱出、隣国タイをはじめ世界各地に散っていった。
彼らの中には日本を選んだ人もいて、中井の「リトル・ヤンゴン」に合流していったのだが、コミュニティーが大きくなるにつれ集住地は高田馬場に移っていった。山手線と地下鉄東西線もあって便利なこと、巨大都市・新宿に近く仕事がたくさんあったことなどが理由だったといわれる。
やがて時代は移り変わり、ミャンマーも民主化が進んでいく。国民が海外と行き来しやすくなり、国を追われた人々ではなく、留学生や技能実習生など日本に夢を見る若者が高田馬場にも増えていく。『ヤマニャ』がオープンしたのもそんな時期、2014年のことだ。ビルマ族だけでなく、さまざまな少数民族が「リトル・ヤンゴン」に暮らすようになったことを反映しているのだろう。
この街にはほかにシャン族のレストランもあるし(昔はカチン族料理の店もあった)、同じミャンマーといってもさまざまな食文化を楽しめる。だから、たとえばミャンマーのどこでも食べられるソウルフード・モヒンガーも『ヤマニャ』ではモン族風の味つけだ。ナマズで出汁を取ったスープに米麺を合わせた料理だが、「ビルマのは濃い味つけでドロッとしてますが、モンのモヒンガーはもっと薄味なんですよ」とティンさん。
そしてマリアンプラムを使った料理こそがモン族の神だろう。いちばんのおすすめだという『ヤマニャ』特製の「チャッタースープ」は、マリアンプラムのほかガピ(魚やエビからつくる発酵調味料)、唐辛子やにんにくなどがベースになっていて、そこに鶏肉や鶏レバー、さらにコラーゲンたっぷり鶏の足、いわゆる「モミジ」も煮込まれた鶏尽くし。ほどよい酸っぱ辛さに鶏のうまみが溶け込んだふしぎな味わいで、これがなんとも後を引く。それに体があったまる。
これまた珍しいのはジャックフルーツの漬け物をマリアンプラムやゴマと和えた「ペインネティータッネ」だろう。東南アジアではポピュラーな果物であるジャックフルーツを漬けてサラダにしてあって、ねっとりとした食感とさわやかな風味がいける。添えられたタマネギとコブミカンを一緒に食べると、これがよく合う。
漬け物系だともうひとつ、ニンジンやキャベツ、タケノコなど野菜たっぷりの「ティーソンタッネ」もモン独特のものだとか。
「モンテインボーティーダウン」はタイのソムタム(パパイヤサラダ)そっくりだけど、マリアンプラムを利かせているところが違う。「ガピも使っていますが、タイとは別です」とラ・ミン・カンさんが教えてくれる。ガピは民族によってさまざまだが、モンのものは塩辛さと香りが強いように感じた。だからタイのソムタムよりもだいぶ刺激的なんである。
国を逃れてくる人たちがまた増えてしまった
民主化が進んでいたはずのミャンマーは、2021年に暗転してしまう。軍がまたもクーデターによって政権を強奪、暗い時代に逆戻りしてしまった。故郷では将来を思い描けない人々が、日本にも次々とやってくる。その中にはモン族も多い。『ヤマニャ』は彼らが集まる場所にもなっている。日本暮らしが長い店のスタッフが相談相手になることもあるそうだ。
時代を映してきた「リトル・ヤンゴン」、安定はいつになるのだろうか。
『ヤマニャ』店舗詳細
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年3月号より