名主新八と蛇橋
昔、花又村(足立区の花畑地区)と大曽根村(埼玉県八潮市の大曽根地区)の間には綾瀬川が流れていました。
8代将軍徳川吉宗の時代、小菅御殿(現在の葛飾区に作られた、将軍のための鷹狩の際の休憩所)が作られた際、花又村の岸には堤防が作られましたが、そのかわりに対岸の大曾根村は、洪水の被害を多く受けるようになってしまいます。
大雨が続いたある夏も、大曾根村は水害の危機に直面することに。
村を救うため、大曾根村の名主(村政の中心を担う村長のような役割)である新八は、堤防を切って水を小菅方面に流そうと計画します。
しかしそれを知った花又村の住民の襲撃によって、新八は堤防の上で殺されてしまうのです。
新八の母は最愛の息子を殺され、激しい怒りと悲しみを抱えたまま「新八や、蛇になれ」と叫んで綾瀬川に身を投げました。
それからというもの、村人がこの川のあたりを通ろうすると、横たわった大木が突然大蛇となり動き出すという恐ろしい出来事が起こるようになったのです。
村人たちは恐怖に震えながら「これは新八親子の怨念である」と感じ、付近に石碑をたてて供養したといいます。
そんなことが由来となって、いつしかこの地にかかる橋は「蛇橋」と呼ばれるようになりました。
フィールドワーク①谷塚駅から元蛇橋公園へ
まずは東武スカイツリーライン谷塚駅から元蛇橋公園を目指しましょう。
谷塚駅の東口から元蛇橋公園までの距離は2.5〜3kmほど。歩いて30分程度でしょうか。
天気の良い日だったので、のんびり歩いてみることにしました。
谷塚駅東口からまっすぐ道なりに歩き、瀬崎(中央)の交差点をそのまま直進していきます。
綾瀬川支流の一級河川・伝右川が見えてきました。
さて、ここで一旦、今回の「名主新八と蛇橋」の舞台となる土地について少し調べてみましょう。
お話の中で新八が名主をつとめる大曾根村は、現在の埼玉県八潮市の大曽根地区として地名が残っています。
目指している元蛇橋公園があるのは東京都足立区の花畑(はなはた)地区。
大曽根地区と花畑地区が隣り合わせになって綾瀬川を挟んでいることから、冒頭の民話が地理的に矛盾していないことがわかります。
さらに調べると、蛇橋は綾瀬川と伝右川と毛長川の合流する場所にかかっていたとされ、その位置は現在の元蛇橋公園付近で間違いなさそうです。
伝右川を渡ってさらに直進すると、綾瀬川にかかる桑袋大橋が見えてきました。
蛇橋は桑袋大橋の完成にともない1990年9月に閉鎖され、1991年に撤去されたそう。
意外と最近まで現存していたと思うと不思議な感じがします。
桑袋大橋を渡り、綾瀬川に沿ってしばらく歩くと元蛇橋公園が見えてきました。
こちらが元蛇橋公園です。
一見よく手入れされた明るく綺麗な普通の公園に見えますが、大きな石碑が目に入りました。
こちらは桑袋土地区画整理組合の解散記念碑です。
ぐるっと裏に回ると、そこには「蛇橋の由来は桑袋記念公園内の記念碑に記載されています」と記されていました。
一応道路を挟んではいるものの、ほとんど隣り合っている桑袋記念公園にある記念碑に詳しい由来が書かれている様子。
さっそくそちらにも行ってみましょう。
フィールドワーク②桑袋記念公園の竣工記念碑
さて、こちらが桑袋記念公園です。
元蛇橋公園と同様に、綺麗に手入れされた普通の公園という印象。
公園の中の端のほうに公園の竣工記念碑がありました。
こちらも裏に回って記念碑の裏面を見ることができるようになっています。
この記念碑に彫られている「蛇橋の伝承」には、「名主新八が鎮守の獅子頭に身を隠し、対岸の堤を切って水争いとなった」という記述があるなど、冒頭でご紹介した「名主新八と蛇橋」とはいくつかの異なる部分があります。同じ民話をいくつかの語りで比べてひもといてみると、話の大筋は変わらなくても細部が異なるものですね。
そして帰りにもう一度桑袋大橋を渡ると、橋の欄干に何かの飾りがあるのを発見します。
調べてみると、桑袋大橋には蛇橋をモチーフにした装飾が施されているとのこと。
1、2枚目は、綾瀬川に雨が降り、氾濫しそうな様子。
3枚目は荒れ狂う綾瀬川を表すため、竜(水神)をモチーフにしているのでしょうか。
4枚目で新八が殺され、5枚目では蛇となり、6枚目ではやがて蛇橋として一連の話が受け継がれていく様子が描かれていました。
調査を終えて
今回ご紹介したお話は江戸時代の綾瀬川が舞台ですが、その中のキーポイントである蛇橋が平成初期まで現存していたということもあり、「本来ならありえない」現象が起こる民話の世界を、より身近に感じた不思議な回でした。
村を救おうとして殺されてしまう名主新八と、息子を失った悲しみと怒りから川へ身投げした新八の母を思うと、なんだかやり切れない気持ちになります。
帰りに桑袋大橋から見た綾瀬川は、穏やかだけれど何かを隠しているような、そんな畏怖をおぼえる川として目にうつったのでした。
取材・文・撮影=望月柚花
【参考サイト】
足立区ホームページ「名主新八と蛇橋」
https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/chiikibunka/hakubutsukan/manabu-hebibashi.html
国土交通省関東地方整備局 江戸川河川事務所ホームページ「綾瀬川の歴史」
https://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/edogawa00340.html