「この抜け感の心地よさを共感してくれる人は果たしているのでしょうか?」
街を歩いているとき、「どこまで続いているんだろう?」と思うような道に遭遇したことはないだろうか。
「5、6年前にとある街を歩いていた時、たまたま左側を向いたら、細い小路がずっと続いているのが目に入ったんです。面白いなと思って写真に撮ったのが、最初のきっかけです。
この風景を見た時に、消失点、英語でいうと『バニシング・ポイント』までの距離が本来よりも遠く見えることに、サイケデリックな魅力を感じたんです。
子どもの頃から漫画の集中線を眺めて、脳内でトレースするのが好きでした。まさに『バニシング・ポイント』じゃないですけど、映画の影響も大きいです。ブライアン・デ・パルマやスタンリー・キューブリックが撮る映画のように、視覚的にグッと来る構図や世界観に心を掴まれるんです」
これを発端として、「抜け感のある風景」に興味を持つようになったという小里さん。
「『抜け感』というキーワードが脳裏にある状態で他の街を歩いていると、『あ、ここも抜けている!』と気づく瞬間があるんです。
例えば写真は、恵比寿駅からガーデンプレイスへ向かう途中の通路です。近未来的ですよね。動く歩道だけではなく、天井や角のラインといったものにも、集中線的な要素を感じます。脇役として、右側に青い柱が点在しているのもいいですよね。右側と左側で、色のトーンが少し違うのも面白い。見れば見るほど、全てが計算されて作られたかのような均衡を感じます」
配色や構造物のテクスチャ。偶然性が抜け感を演出する
土木建造物の直線や、金属のメタリックな質感。道に落ちた影や、通行人の服の色。天候。複数の要素が偶発的に組み合わさることで、魅力的な抜け感は生み出される。
「写真は、千葉県某所です。左側には高速道路が走っていて、音を遮断するための囲いで覆われています。囲いの手前に付いたブロック状のパーツが、前方一点に向かって集中していって、道の先が坂道に沿って曲がっている。その様子がかわいらしいです。トラックが停まっていて生活感があり、空が青いのもいいですよね」
「写真は、沖縄で撮った1枚。これまで撮った中でも特にグッと来た抜け感の一つです。左側には人工的な堤防が続いていて、堤防によってできた影が道の真ん中に一直線に落ちています。見つけた瞬間『やったー!』と思いましたね。いろいろな種類の線があって気持ちがいい風景です」
「写真は、アーケード商店街です。道とアーケードが放射状に続く中で、両脇にいろいろな商店が並んでいます。商店街は、お店の看板や飾り物といった要素が個性を出していて、絵になる抜け感を楽しめるスポットでもあります」
このように、小里さんの捉える「抜け感」とは、「道」「建物」といった要素単体のことではなく、周囲の線的要素や色など、様々な様子が複合的に組み合わさった風景なのだ。
また、単に区画整理されたまっすぐな道があればいいというわけではなく、そこに何某かの「チャームポイント」があることが、写真に撮りたくなる抜け感のポイントでもある。
「写真は、お台場にあった、道路の上の陸橋です。道の先に鉄塔のようなものが建っていますね。道の中央に置かれた赤いコーンと、右側を歩いている女性の黄色いコート、そして空の青。狙ったわけではない偶然の配色が、チャームポイントですね」
「写真は、神戸のモノレールの車内から撮った風景です。チャームポイントは何と言っても、空のブルー。また個人的にモノレールの線路や陸橋など、鉄骨で建造されたもののメタリックな質感も好きなんです。金属が持つ、抗えない絶対的な雰囲気は魅力的ですね」
偶然の出会いを楽しむ
このように様々な場所で思いがけず遭遇できる「抜け感」。小里さん自身、あくまで日々の中での偶然の出合いを楽しんでいる。
「ポリシーとして、わざわざ探しに行くことはしていません。もともと散歩が好きで、時間さえあれば1、2駅分くらいは歩くことがあるんです。あくまで日常の散歩や移動の延長線上で、偶然見つけるのが面白いですね。撮影は、全てスマホ。瞬間的なインスピレーションで撮っています」
撮影した写真は、そのままSNSに投稿するのではなく、色味の加工を施すことも楽しみの一つだという。
「写真は、日本橋付近で見かけた風景です。水面の揺れる感じがいいですよね。川の色を加工した結果、本来の色と比べるとフィクションに近いですが、ピンク・フロイドのアルバムのジャケットのような雰囲気で、気に入っています」
「写真は、都電荒川線の線路を渡る途中、ふと左を見たときの風景です。「新海ブルー」のように真っ青な青い空が気に入っています。電車のランプが目みたいなのもチャーミングです。
彩度を上げたり、赤みを出したり、黒を強くしたり……加工ソフトで写真を調整しているときは、人から声をかけられても気づかないくらい集中しています。かなり目が寄っていると思います(笑)。
子どもの頃はよく絵を描いていましたが、大人になってからはなかなか絵を描く機会がなかったので、ビジュアル的な創作活動の一つとして楽しんでいます。その楽しさを他の方とも共有できたら、願ってもないことですね」
街の何かを観察する際、目の前の何某かの対象物にピントを合わせて深く掘り下げていくという楽しみ方もあるが、周囲の要素と構図として風景を捉えると、点と点がつながり、グッと視界が開けるようだ。
「最初に『こういう街の魅力ってあるんだな』と気付いた瞬間から、どこかそれに囚われていて、狙って撮りに行かずとも偶然出会ってしまう、というのを繰り返して、今日に至っています。
これをお読みの方も、その人にとっての『抜け感』に代わる魅力的なテーマを見つけられたら、日々の楽しみの一つになるのではないでしょうか」
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取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真・イラストはすべて小里誠さん提供