スパイスの香りに誘われ、店内へ
エレベーターで7階に到着した瞬間、スパイスの香りが漂う。
到着時刻は15時20分。ラストオーダーの10分前にも関わらず、ドアを開けた瞬間、満面の笑みで迎え入れてくれたのがとても印象的だった。
おいしそうな香りに導かれるまま奥へ進むと、心地良い音楽に加え、大量のレコードや本、ギターが並べられており、嗅覚だけでなく聴覚と視覚をもくすぐられる空間が広がっている。
日本人に迎合しない、本格インド料理
この日は土曜日ということで、土曜日スペシャルランチ1650円を注文。
土曜日のランチは毎週違うメニューなのだが、今回はドンネチキンビリヤニというスパイスとお肉の炊き込みご飯。カレーといえば、ご飯かナンで食べるものだと思っていた身としては、この組み合わせはすごく新鮮だ。
まずは、プレート右側にある大根のアチャール(漬物)をいただいてみる。
漬物のコリッとした食感と同時に辛味と酸味が感じられ、とてもおいしい。そこまで辛くないかも?とパクパク食べていたら、みるみる額に汗が滲んできた。
感想をたずねにきた店長の秋元さんに「自分が感じている辛さ以上に汗が出てきてビックリしています」と伝えると、笑いながら「発汗作用すごいでしょ。本場の味をそのまま提供しているので、甘くしてくださいって言われても断っているんですよ(笑)」と話してくれた。
その流れで「パイナップルライタ(ヨーグルトサラダ)をご飯と一緒に食べてみてください」と、おすすめしていただいたので、試しに恐る恐るヨーグルトをご飯にかけてみる。
最初の抵抗こそ強かったものの、食べてみると甘みのあるカレーをご飯と一緒に食べているような感覚に近い。現地では実際このように食べられているそうで、これはこれでおいしい。
インドにカレーは存在しない?
「“インドにカレーはない”とよく言いますが、全ての料理に名称があるので、本当に“カレー”という料理はないんですよ」と言う秋元さん。
確かにプレートの中で、私がカレーだと認識したものはカレーではなくムリガタニスープと言うらしい。一瞬にして海外を想起させられるスパイスの香りを纏わせたこの料理は、ペースト状になっていて飲むというより食べるに近い。
うん、おいしい。もちろん言うべきは「“カレー”が濃厚でおいしい」ではなく、「“ムリガタニスープ”が濃厚でおいしい」である。
そして、デザートにもインドの食材が使われているという、こだわりっぷり。
自家製のパニールとヨーグルトで作られているレモンの効いたチーズケーキは、チーズを熟成させていないのでそこまで重たくなく軽い食感が楽しめる。
こちらも是非、食べてみてほしい一品だ。
好きなものを合わせて誕生した店内
元々、趣味で15年以上インド料理を習っていたという秋元さん。
それだけでも十分本格的だと思ったのだが、インド人が作るカレーは種類が多いため、当時カレーだけで勝負するのは難しいと思ったそう。
そこで秋元さんが好きな「インド料理」「コーヒー」「音楽」「ライブ」「オーディオ」「本」の合わせ技にしよう!と思い立ち、今のお店ができあがった。
大量のレコードを目の前に、思わず「どこで手に入れるんですか?」と質問すると、「ディスクユニオンとかで買えるんですよ。今だとほら!」と、あいみょんのレコードを見せてくれた。
続けて「レコードはCDと違って、人間が聴こえないヘルツも全て載せられているから、耳では聴こえなくても体で音楽を感じ取れるんですよ」と言う。
……なるほど、聞きなれたあいみょんの音楽もレコードで聞くと、急に高貴な存在に感じられる。
本当に音楽を愛する人が聴くもの、それがレコードなのだ。
「人生思い立ったら何でもできる」
元々、実家のカメラ屋を手伝ったり、システムエンジニアをしたりと、飲食店とは関係のない人生を送っていたという秋元さん。
『Cafe Accha』を始めたのは、なんと60歳。
お店営業のほか、年に1回インドへ行き、自分が作るインド料理と何が違うのか分析しているだけでなく、ボーカルとして音楽活動も行っている。
2023年には大学で教鞭をとる機会があり、そこでお店立ち上げに関する話を約200人の学生の前で話したこともあるという。
そこで語ったのは、「思い立ったらいつでも何でもできる。別に死ぬ気でやらなくていい。やりたいと思ったことを実現しようと進めていれば、いくらでもチャンスはある」ということ。
終始楽しそうに語る秋元さんを見ていると、本当にそうなのだと感じる。
インド料理と音楽を堪能し、人生を楽しむヒントまで学び得た数時間。お腹も心もいっぱいにしてスパイスの香りがする怪しげなビルを後にした。
取材・文・撮影=SUI