『源氏物語』を通して歩く京都

さて京都、にわかに2024年盛り上がっている。なんせ大河ドラマ『光る君へ』の主人公は紫式部。舞台は……京都に決まっている! というわけで本連載は、『光る君へ』を見ながら京都を散歩する気持ちになってもらおう、という趣旨で始まった。

ええ、『源氏物語』? うーん、古典の授業で読んだことはあるけれど、自分で理解するには、なかなかハードルが高くて難しい……そう思われた方もいるかもしれない。というかそういう方が大半ではないか。私は古典文学大好き文芸オタクなのだが、そういうと「あー……古典の授業……寝てたわ……」と目を泳がれたことが何度あったかッ!! しかしそんなあなたでも大丈夫。怖がらないでほしい。

この連載では、あくまで「京都を散歩しながら」『源氏物語』や、その作者である紫式部に関するエピソードを小出しにしていくつもりなのだ。

『源氏物語』をいちから読もうなんて怖いことを言っているわけではない。京都を散歩するうえで、こういう文芸の知識を知っておいたら、もっと楽しめるかも?という提案をしたいのである。『源氏物語』に関する知識がなくてもオールオッケー。というかむしろ『源氏物語』を知らない人のほうが、本連載を通してあらためて新鮮な気持ちで京都を歩くことができるかもしれない(?)。

そう、あくまで本連載は、あなたの京都観光に役立つ情報満載なのである。古典だからって怖がらないでほしい(本日二度目)。

 

ガイドブックに載っている京都ももちろん楽しいだろうけど。

『源氏物語』という文芸作品を通して歩く京都も、なかなか良いもんですよ!

紫式部と藤原道長

というわけで第一回は『光る君へ』という大河ドラマに関連して、京都の街を眺めてみよう。

この原稿を書いている12月末現在、『光る君へ』はまだドラマとしては放映されていない……どんなドラマになるかわくわくしているところだ。ちなみに意気揚々と応募した第一回パブリックビューイング(それこそ京都で開催されるらしい)には見事外れました。どんまい私。粛々と家で観ます。

で、放送前の現在。『光る君へ』に関して解禁されている情報といえば、こちら。

 

大河ドラマ「光る君へ」(2024年)。主人公は紫式部(吉高由里子)。 平安時代に、千年の時を超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性。彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。
(註1)

 

……気になるのが、「藤原道長への思い」の個所だ。

紫式部って、道長と関係があったの? そのふたりって、同時代なの? と首を傾げる方も多いかもしれない。詳しくはドラマが始まってから説明するとして、今回は紫式部の日記に登場する藤原道長像を見てみよう。

そう、紫式部の日記、通称『紫式部日記』に藤原道長は何度か登場している。紫式部は道長と親戚関係にあり、道長にスカウトされて宮中で女房として働く関係になったのだ。いわば親戚のおじさん兼上司、といったところだろうか。

まずは『紫式部日記』で道長の登場する場面を読んでみてほしい。

 

道長様は、中宮彰子様の前に置かれてあった『源氏物語』を見て、ある和歌を詠まれた。梅の枝の下に敷かれた紙に、彼はさらさらとこんな和歌を書いた。

「すきものと名にし立てれば見る人のをらで過ぐるはあらじとぞ思ふ」

(「すっぱくておいしい」と評判の梅の枝を素通りする人がいないのと同じで……「あんな恋愛小説を書けるなんて、相当モテる女なのだろう」と評判の『源氏物語』作者を前にしたら、素通りできない、口説きたくなってしまうな~)

私(紫式部)は、こう返した。

「人にまだをられぬものを誰かこのすきものぞとは口ならしけむ」

(まだ折られてないのに、どうしてこの梅がすっぱいなんてわかるのですか? 私は男性に告白されたことなんてありません、どうしてそんな評判が立つのですか!)

「不快です」

〈原文〉

源氏の物語、御前にあるを、殿の御らんじて、例のすずろごとども出できたるついでに、むめのしたに敷かれたる紙に、書かせ給へる、

 すきものと名にしたてれば見る人のをらですぐるはあらじとぞ思ふ

給はせたれば、

 人にまだ折られぬものを誰かこのすきものぞとは口ならしけむ

めざましう

と聞こゆ。

(山本淳子編『紫式部日記』角川ソフィア文庫より引用、現代語訳は筆者作成)

 

な、なんとも紫式部の気の強さがわかる和歌だな! こんなやりとりをしている二人、はたしてどんな解釈が可能なのか!? たしかに「一度関係があった元カレ・元カノ」とか「道長が宴会の冗談のノリで口説いていただけ(そりゃ紫式部も「不快!」と返すだろう)」とか「道長は最高権力者だったので、セクハラで紫式部に言い寄っていた」とか、さまざまな説が研究者の間に存在するのもよく分かる。あなたはこの二人、どんな関係だったと思いますか……?

ちなみに道長の和歌に「名」「折らで過ぐ」といったキーワードが入っているが、これらはすべて『源氏物語』に登場するキーワードでもある。

 

 咲く花にうつるてふはつつめども折らで過ぎうきけさの朝顔

(浮気したと評判になるのは避けたいけど、でも朝顔みたいに美しいあなたのことは素通りできないな……っ!)

(新編日本古典文学全集『源氏物語』夕顔①一四八頁)

 

ちなみに上の和歌がどういうシチュエーションで詠まれたのかというと、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の邸(やしき)に通っていた光源氏が、そこで可愛い女房を見つけて、「いやー御息所様に浮気だって言われるのは避けたいけど、でもあなたのことも口説きたくなっちゃうな~」と誘った場面である。……ということは、道長は紫式部を、六条御息所邸の女房に見立てて和歌を詠んだのである。

なんとなく、失礼、じゃないでしょうか!

さまざまなヒロインが登場する『源氏物語』で、言うに事を欠いて、わざわざ光源氏がさらっと女房を口説く場面の和歌を持ってくるなんて! せめて身分が低いお姫様を口説く和歌から引用すればいいのに!と私は思うが、まあ、紫式部と道長の関係は私たちの想像に任せられている。ドラマではどんなふうに描かれるのか、とても楽しみだ。

春、京都御所にはきれいな梅が咲く

そして道長と紫式部が宮中で多くの時間を共にしたであろう、現在の京都御所。現代においては、梅の名所となっている。

写真は私が見に行った梅の時期の御所の写真だ。

道長が紫式部に見立てて詠んだ「梅」は、2月中旬~3月にかけて、京都御所で約200本も植わっているそうである。ぜひ2~3月に京都へ訪れる際は、京都御所の梅を見てみてほしい。紫式部は梅に喩えられて「むかつく!」と言っているが、しかしこんなにきれいな梅がたくさん御所で咲いているのを見ると、私はいつも紫式部のことに思いを馳せてしまうのだ。

文=三宅香帆 写真=三宅香帆、PhotoAC

註1)引用元 NHK『光る君へ』公式サイト紹介文
https://www.nhk.or.jp/kyoto/hikarukimie/index.html
(2023/12/22閲覧)