健康という光を差し込む存在になりたい
カレーの店が『かれはだれ』という名前なのは、ダジャレのようだがそればかりでもない。昔々の日本では、明け方の時間帯を「彼は誰時(かわたれどき)」と呼んでいた。少しばかり離れた位置にいる人物が誰かわからないほど薄暗いころを指す。暗いことの多い世の中に陽の光を差し込む存在となり、健康づくりにも役立ててほしいという思いで創業者が名付けた。
現在ランチタイムの店長としてカレーを手がけるのは山本満美子(やまもとまみこ)さん。2020年にオープンした『かれはだれ』の考えや基本となるカレー作りを引き継いで店を切り盛りしている。
「関西出身の創業者が大阪を中心に流行しているスパイスカレーの影響を受けてお店を始めました。スパイスを激しく効かせているわけではなく、体にやさしい素材を使って毎日通える食堂のメニューのようなカレーを作っています」
例えば、一般的なカレーはどうしても油分が多くなる。『かれはだれ』では、スパイスの香りを油に移すテンパリングは行うものの、油脂の重さをあまり感じないやさしい味わいのカレーに仕上げるよう心がけている。
好きなカレーを選んで組み合わせ。体感したくなるカレーマジック
ランチタイムのメニューは、店内の黒板に書かれている。4つのカレーのうちAのポークビンダルーとXのサンバル、有機野菜とムング豆のカレーが定番のメニュー。カレーを1種類選ぶと1100円だが、複数選んで少しずつ食べるのがやっぱり楽しい。
2種類の定番に加えて、Bの有機ごぼうと鶏のキーマカレーの3種類を盛ってもらった。気になる梅干しアチャールと平飼い玉子のピクルスも追加して、彩りのいいプレートになった。
ポークビンダルーは、豚肉をワインとビネガーに漬け込んでからじっくり煮込んでいる。角切りのような豚肉も柔らかで、確かに脂っこさも感じない。ルーも決して辛くなく、どこか中華風な香りも漂う。「煮込めば煮込むほどおいしくなります」と山本さん。
「日本の食べ物で例えるなら、お味噌汁みたいなものなんですよ」と説明されたレンズ豆のカレー、サンバルを食べてみるとレンズ豆が煮溶けていて、ポタージュスープよりもどろりとしている。ほのかに感じる酸味は、南アジアでよく使われる豆科の植物、タマリンドが入っているせいだ。
有機ごぼうと鶏のキーマカレーは、スパイス以上にごぼうの風味が勝る。鶏ひき肉と人参も入っているせいか、どうしても筑前煮が思い浮かぶところがおもしろい。やや混乱しながら食べ進めると、ときどき生のパクチーが主張。おかげで「そうだ、カレーだ」と再認識させられるところまで含めてクセになりそうだ。
3種類のカレー、それぞれに驚かされ、やや興奮気味のまま平飼いたまごのピクルスをひとくち食べると、中まで染みた酸味によって我に返る。カレーの複雑さに相対するストレートな酸味が心地よく、茹で加減も絶妙に柔らかい。梅干しアチャールは、スパイス入りのオイルで炒め煮のようにしている。よく知っている梅干しの味から大きく離れていないが、崩してカレーと混ぜると味変として活躍してくれる。
常連客は最初に1種類ずつ食べてから、最後に全種類を混ぜると聞いて試した。渾然一体となったカレーとバスマティライスは、なぜか単独で食べるのとは違うおいしさが生まれるから不思議だ。
「カレーマジックですね」と山本さんが微笑む。山本さん自身の好きな食べ方を尋ねると「味が濃いときにサンバルをかけて薄めて食べるのが好き」とのこと。サンバルはスープのように食べてもおいしい。4つ目のメニューがDではなく、Xとされている意味がうっすらわかってきた。
昼も夜も体へのやさしさ重視。毎日のように訪れる中目黒在勤者も
「近隣で働いている方で、毎日のようにランチに来てくれる方もいますよ」と山本さん。『かれはだれ』は、油脂分以外にも食が体に与える影響を考え、有機・無農薬野菜、安全な肉を使用して、ヘルシーなメニュー作りを心がけている。白砂糖や小麦粉も使っていない。常連客の中には、カレーが好きなことに加えて健康を意識しているから『かれはだれ』に通っている人もいるようだ。
夜になるとお酒が主体の『夜のかれはだれ』になる。フードメニューもおつまみが中心となり、お酒に合わせた夜の牛すじカレーやアチャールの盛り合わせ、締めのスープとしてのサンバルが登場する。アルコール類も有機認証取得や自然農法由来の日本酒、ワイン、クラフトビールを提供。
アルコール類の一部はランチでも飲める。休みの日にはカレーとビールの組み合わせを目当てに訪れるのもよさそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり