昭和12年創業、割烹料理店からじわじわと中華料理店に至る
JR川崎駅東口を象徴するシネコン『チネチッタ』のすぐ近くにある中華料理店『中華 成喜』。チネチッタの雰囲気に合わせて周辺は近代的なトーンで統一されているが、『中華 成喜』のある路地は、昔ながらの細い石畳が郷愁を誘う。
一見、どこの街にでもありそうな大衆的な中華料理に見えるが、ランチタイムで周囲にも店はあるのに桁違いの行列に驚いた。これは期待できそうだ。
3代目の鬼塚渉さんが話を聞かせてくれた。「創業は昭和12年(1938)で、当時は宴会場もあるような割烹でした。昭和20年(1945)に第二次大戦が終わると、渋谷の恋文横丁で中国から帰ってきた日本人や中国人たちが餃子を売り出し、すごく流行ってたそうです。そこで私の祖父が作り方を教えてもらって、店の一角で餃子を売り始めたんです」。
『成喜』が川崎で初めて餃子を販売すると、連日大行列。次にタンメンを売り出すとまたまた好評を得て、2代目の父・保さんが引き継ぐ頃には完全なる中華料理店になっていた。「戦後の娯楽のひとつは映画だった。この近辺には映画館がいくつもあって、今よりもっとすごい繁華街だったんです。飲み屋も多くて、私が子供の頃は、スナックに流しのおじさんがいたりしてね」と回想する。
保さんはまだまだ現役で、親子2人を中心に店を盛り立てている。
渉さんは高校卒業後、7年間品川プリンスホテルの中華部門で腕を磨き、実家に戻ってきた。「兄貴がいるんですけど、まったく店に関わらないままサラリーマンになりました。でも自分は幼稚園の頃から店を継ぐのかなというのが頭にあったんですよね」と恥ずかしそうに笑って言った。天命みたいなものがあるんでしょうかね。
3代に渡り地域に愛され、同時に常連客も親子2代、3代でやってくる。テレビで紹介されたのをきっかけに、ますますランチ時の行列が長くなり、常連客から「うれしいけど有名になって残念」という声も上がっているそうだ。憎まれ口を叩きながらも行列に並んでしまう、それも惚れた弱みかな。
創業当時と変わらぬ餡を包んだ焼き餃子と、川崎名物になったかわさき餃子みそ
川崎東口にはさまざまな飲食店があるが、なかでも中華料理店は老舗が多い。そんな東口に危機がやってきた。2006年、西口にあった東芝川崎事業所跡地に巨大ショッピングセンター・ラゾーナ川崎プラザがオープンすることになったのだ。「このままではマズイ。なんとかしないと!」と、保さんが発起人となり、近隣の中華料理店に声をかけ“かわさき餃子舗の会”を結成した。
「ただ、各店で餃子の味が違うから、統一させるのは難しい。それじゃ、オリジナルのたれを作っていろんなお店で餃子を楽しんでもらおうと。基本的に味の監修はうちの父が担当して、川崎区、幸区、中原区に広がる加盟店全18店舗のみなさんに試食してもらい、微調整しながら仕上げました。横浜市と清川村(丹沢)で醸造した味噌をブレンドし、川崎市内で製造した醤油が隠し味なんですよ。酢醤油とかラー油とか、それぞれお好みの食べ方があるなかの選択肢のひとつに加えていただけたらうれしいですね」。
結果的に言うと、当初の心配は杞憂に終わった。いざラゾーナがオープンすると、あまりのフィーバーぶりに東口にまで人があふれ、以前よりもっと忙しくなった。今ではかわさき餃子みそがすっかり定着して、ふるさと納税の返礼品にもなっている。
せっかくなので餃子5個440円をオーダーし、パッケージにある黄金比でたれを作って食べてみた。
パリッと焼かれた餃子は、大ぶりの皮の中に餡がたっぷり入っている。小皿に黄金比で各調味料を入れて食べてみた。大きいので、半分かじってみたらプッシューッ!と餃子からスープが噴き出してびっくり! アツアツだけどうま〜。
ありそうでなかった味噌だれは、ここでしか食べられない味! そこへ餃子から出てくる豚とキャベツのスープが混ざり合ってご飯やお酒にも合いそうだ。お店で食べるのもいいけれど、店頭で購入できるので自宅でも楽しめる。
オーダーから5分で食べられる。早くてうまい定食は行列しても食べたい
大きな餃子だったけど5個ペロリと食べちゃった。もう少しお腹に余裕があるし、ランチの定食を食べてみたい。
定食は隔週替わりで2種あり、木曜日に切り替わる。そのほか先ほどいただいた餃子をはじめ、アラカルトメニューもオーダーが可能だ。ただし、「だんぜん、定食がお得です」と渉さんがいうので、豚肉と野菜のカレー炒め定食880円をオーダーした。
渉さんが調理をしている間に、ご飯やスープは別のスタッフが用意していたのでアツアツをすぐいただける。慌てて厨房を出て、テーブルに戻った。カレーのいい香りが食欲をそそる。それでは、いただきまーす。
カレー炒めには豚バラ肉、キャベツ、タマネギ、ニンジン、タケノコなどたくさんの具材が入っていて、シャクシャクとした食感がありながら野菜本来の旨味がある。甘い中にもピリリとスパイシーなカレーの味付け。これはちょっとハマりそうだ。カレー炒め、ご飯、ご飯のリズムで食べすすめた。
カレー炒めばかりにご飯を持っていかれては麻婆豆腐も黙っちゃいない。ひき肉たっぷりで辛さは控えめ。トゥルンとした豆腐とタレをご飯にデーンとかけてガシガシかき込もう。
ほどよく食べすすめたところで、昔ながらの中華そば調の醤油味のスープをグビリ。あ、具材にあおさが入っている! 中華料理店では珍しいが、『成喜』ではずっとあおさを使用しているのだそう。最後にザーサイをパリポリ食べて口の中がスッキリ。すっかりここのカレー味の魔力に取り憑かれてしまった。こりゃあ、リピート間違いなしです。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢