釣り具に数十万円をかけ、釣りのために35歳で車の免許まで取得したのに、あっさりと釣りから手を引いて久しい。つまるところ、魚を釣ることにあまり興味はなく、魚を釣るためにどこかへ行くことが好きだったのである。今思えば釣り場に向かってる最中も“どこの店で飲もうか”とばかり考えていたような気がする。その後、初めて行く土地の初めての酒場で飲(や)る楽しみは、嘘偽りなく継続されている。

そんな“初めて行く土地”の前には、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」を参考にしている。観光地や商店街、名物グルメにそれと酒場を余すことなく紹介してくれるので、訪れる前には必ず“街の名前 アド街”とGoogleで検索してから行くのだ。関東圏内なら、大抵ヒットするという頼もしい情報源だ。

ただ、そんなアド街でさえ1995年の放送以来、最近になって初めて紹介した街がある。それが西武新宿線の「武蔵関(むさしせき)」だ。

元・西武線っ子だった私も、名前は知ってても降りたことのない駅のひとつ。正直、「武蔵関に紹介するほどのネタがあるのか?」と心配したほど印象のない街だ。なんたって“吉祥寺が近い!”ってだけのランクインがあったほどだ。吉祥寺在ありきの存在って一体……。

ただ私は、そんな武蔵関みたいな街で飲(や)るのが大好きだ。“発掘甲斐(がい)”があるというもの。それに初めて行く土地の初めての酒場、どんなところだって必ず良酒場があるというのが私の信条。

やはりあったんですよ、武蔵関の街にも。

北口を出て数分、『魚とし』の外観を見つけた瞬間に「ここだ!」と叫んだ。歴史を感じる雨垂れ模様のテント、白のレンガ調外壁にウッディな間口……いいですねぇ。

特に天然シワ加工された白暖簾が素敵だ。これを潜らずして何を潜るものか……あ、せっかくなので“アド街風”にランキングで紹介していこうかな。まずはこの「第10位 外観が好み過ぎる」からスタートだ。

暖簾を潜ると……おお、店内もいいですねぇ。太(ぶ)っとくて肉々しい木製のテーブルとイスが4卓、奥にはちょろっとカウンター。暖かみのある和照明が“酒場興奮”を落ち着かせてくれる。先客はカウンターに先輩二人、テレビを観ている……と思いきや。

 

「あ、どうぞ。いらっしゃいませ」

 

この店の大将と若大将であった。居間のテレビを観るかのごとくリラックス状態の二人……こういう酒場はアタリが多いのがジンクス。そうなると客は私だけ。何気なく壁側に背を向けてテーブルに座ると……

 

「アジア大会やってるから、テレビが見えるとこ座りなよ」

 

と大将の気遣い。壁掛けの大型テレビに目をやると鉄棒競技がやっていた。

 

「ありがとうございます。じゃあこっち向きに……」

第9位 大将が優しい

正直、鉄棒競技にはまったく興味がなかったが、大将の優しさにキュンとランクイン。座って間もなく、今度は若大将が小椀を目の前に置いた。

第8位 突き出しが「煮込み」

小椀とは言ったが、一人前の量の煮込みが突き出しとして出された。しかも、めちゃくちゃウマい! じっくりと煮込まれたモツは蕩(とろ)けるように柔らかく、スープもジュンジュンに染みている。突き出しがこのクオリティとは、後の料理が楽しみでしかない。

第7位 木製テーブルの音

酒場では逆に珍しい、市販タイプの「ホッピー」リタ瓶。ジョッキに焼酎の水位は半分といったところか。

トットットッ(焼酎と市販ホッピーが合わさる音)……ごくん……ごくん……、市販タイプもサイコぉぉうんめぇぇぇぇ!! 結局、市販用だろうが業務用だろうが、ホッピーはうんまい。

あと超分厚い木製テーブルだから、瓶を置いたときに鳴る“鈍い音”がたまらない。“コン、コン”って、何度も置きたくなっちゃってランクイン。

第6位 「新サンマ刺」

『“魚(うお)”とし』というからには魚をいかない手はない。ちょうどサンマの時期、刺し身で頼んでみたらアラ・ビックリ。銀皮の新鮮な光と紅(あか)い身のコントラストが美しい。

うんまっ! なんだこれ! 脂がタップリとノリまくり、口の中で速やかに蕩(とろ)ける。薬味の生姜……いや、醤油もいらないかもしれない素材のおいしさ。これが650円、うそでしょ?

第5位 「焼きナス」

こいつも時期的に最高のナス。しかも、焼きナスなんて最高じゃないですか。黒光りするテリテリの皮にパサリと鰹節の揺らめきが、もう我慢できない。

「カリジュワ」と皮の食感がたまらない。ほんのりと燻製臭が、どんな酒にも合うんだなこれが。身はトロっとナスの重厚な旨味が凝縮されて、まるでこれは肉みたいだ。いや、今日から君を“肉”と呼びつけてやる。

「うんまぁ~……」と溜め息を繰り返す中、鉄棒競技のほうは大詰めらしい。大将らも合間をみながらテレビで固唾を飲んでいる様子。私は固唾より、ナカを追加で酒を飲み続けよう。

第4位 「サケ西京焼き」

ちょっとちょっとぉ、こんなの絶対おいしいビジュアルでしょうよ。それとこれ、「もふわぁぁぁぁ」って独特な西京味噌の香りが堪らない。

箸先を入れると「ポクッ」とほぐれ、隙間からまた良い香り。こちらも脂のノリノリで、特に皮の近くが超絶おいしい。このサケは、きっとここで西京焼きになるために生まれてきたに違いない。

あと、付け添えの「大根おろし」が、何とも滋味深い辛味でべらぼうにウマい。第14位くらいにランクインさせてもいいくらいだ。

時折カウンター中の厨房に目をやると、大将と若大将の姿がなくなる。これが何度かあって本当に消えてしまったのかと不安になったが、実は厨房内にあるイスに座ってテレビを観ていただけという。この良い意味で力の入っていない雰囲気……あー、モジモジしてくる。「第3位 あまりにも落ち着き過ぎて催(もよお)してくる」でランクインとしよう。

 

「はい、お待たせしました」

第2位 「エビフライ」

キャー! なんですかこのカンペキなシルエット! 大きめのエビフライがトトトトンと四本、見事なキツネ色で並んでいる。マヨネーズはもちろん、タルタルソースくんまでついて600円ですって? さらに驚くべきは中身のほう。

ひゃあ……半生(レア)じゃないっすか! いつものエビフライの食感と違うなと思ったら、エビは半生仕上げという。衣がこんなに香ばしく揚がっているのに、どうしたらこんな半生状態にできるのか……いや、疑問なんて置いておこう。とにかく、とにかくおいしいエビフライなのだ。

味、値段、技術、雰囲気、どれもすばらしくて何だかランキングしているのがおこがましい気分だ。“武蔵関にネタなんてあるのか”だって? ありますよ、こんなにオイシイ酒場が。

そして、そのランキングの最後は……

第1位 吉祥寺から飲みに来れる!

ズバリ、これに尽きる。新宿から西武新宿線に乗ってわざわざ武蔵関へ……「いや、それはちょっと」となるが、吉祥寺で遊んでて「あっ、『魚とし』に行こうか」と、歩きかバスで行くとなればアリだ……いいや、大アリでしょう。なんたって、武蔵関と吉祥寺はとても近いのだから。

そうなると、アド街で“吉祥寺が近い!”というランクインもあながち的を得ていたが、逆に次回の吉祥寺特集では“武蔵関が近い!”がランクインされるのを期待しておこう。

『魚とし(うおとし)』

住所: 東京都練馬区関町北4-2-12
TEL: 03-3928-4772
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)