お話を聞いたのは

八王子織物工業組合 副理事長 黒澤真一さん

1959年には、八王子産ネクタイが国内生産量の約7割を占めるまでに

第二次世界大戦後、人々の洋装化が進むと、八王子は主力商品を着尺(着物の生地)からネクタイ地に転換。元をたどれば大正時代、関東大震災の後には、一部の機屋(はたや)がやがてはこうなるであろうと将来を見据え、早くもネクタイ地に目を付けていたとか。土地柄、都心に近いのでいち早く情報をキャッチでき、販売ルートを確保しやすかったのも良かったかもしれない。

「当時、先見の明があった機屋は自分たちでどんどん商品を企画し、デザインも起こして、問屋に売り込んだそうです」と話すのは、八王子織物工業組合の副理事長・黒澤さん。

それから、ネクタイ地を専門とする機屋が少しずつ増え、昭和30年代にはテトロン、ポリエステルなどの合成繊維を用いた商品が主流になった。元々着尺の時代も、正絹、銘仙、ウールなどさまざまな種類を生産していて、その幅の広さは八王子の強みだった。1959年には、ついに国内生産量の約7割を占め、ダントツのトップシェアに。きっとどこの家のタンスにも、1本くらいは八王子産があったに違いない。

市内の機屋が織った生地で作られたネクタイ。『八王子繊維貿易館』1階の『SHOP BENECK』は、八王子産ネクタイを豊富に取り揃える。
市内の機屋が織った生地で作られたネクタイ。『八王子繊維貿易館』1階の『SHOP BENECK』は、八王子産ネクタイを豊富に取り揃える。

世界が注目する八王子のクオリティ

一方で、黒澤さんが言うには「商品タグに入る織りネームはあくまでブランド名なので、ネクタイ地の産地までは明記されません」。1980年代に巻き起こったDCブランドブームでは、海外ブランドが八王子産を採用し大ヒットしたが、果たしてそれがどこで織られたものなのか、消費者が気付くのはとてつもなく難しかったはずだ。でも、見る人が見れば分かるのだろうか? だとすれば、見分けるポイントになるであろう八王子産ネクタイ地の特長というのは、一体どこにあるのか?

この織りネームに他社のブランド名が入ると、生地の産地が八王子だとは分からない。
この織りネームに他社のブランド名が入ると、生地の産地が八王子だとは分からない。

ズバリ、その答えは「締め具合。そして光沢や手触りの良さ」と黒澤さん。現在、市内の機屋が生産しているのは、そのほとんど全てが絹100%で、一般的なポリエステルのものと比べると違いは明らかだという。なぜなら、ポリエステルの太い糸に対して、ここで使われている絹糸はとても細く、「織り上がった生地の密度に大きく差が生じる」というのだ。例えば、1寸(3.8㎝)織るのに、ポリエステルだと緯(よこ)糸が100本も入らないが、厳選したこの絹糸なら360本入る。生地の密度が高ければ高いほど、品のいい光沢と滑らかな手触りが生まれる。また、柄も精密に織り出せる。

普段は隠れる小剣の方にワンポイントを入れた、八王子城跡のマスコット「うじてるくん」。
普段は隠れる小剣の方にワンポイントを入れた、八王子城跡のマスコット「うじてるくん」。

「同じ曲線の柄でも、使える糸の本数が少ないとどうしてもラインがギザギザになってしまいます。でも、逆に多ければ多いほど、きれいな曲線に仕上げることができます。柄の美しさや発色の良さも、八王子産ネクタイ地の魅力のひとつと言えるかもしれませんね」

本当に良いものをバシッと見分けられるような、違いが分かる大人になりたい。その第一歩として、八王子のネクタイを試してみるのはどうだろう。秋も深まり涼しくなって、首元のおしゃれにも気を使いたくなる季節。まずは1本、お気に入りを見つけに行こう。

絹のネクタイ地で作るピンブローチ「p-Tie」各1980円。八王子織物工業組合オリジナル。
絹のネクタイ地で作るピンブローチ「p-Tie」各1980円。八王子織物工業組合オリジナル。
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「Mulberry City ネクタイデザインコンペ」とは?

八王子織物の魅力を広めるため、八王子織物工業組合が独自に展開するMulberry City(マルベリー シティ)ブランド。2015年から開催しているこのコンペでは、八王子が得意とするジャカード織りネクタイのデザインを募集している。対象は、美術やデザインの大学、専門学校、高校に通う学生。「将来織物に関わる仕事をしたいという若者を応援するのが目的。伝統もしっかり残していくべきですが、若者の技術を育てることが、ひいては産業全体を育てることにつながるはず」と黒澤さん。9回目となる2023年は「和~なごみ~」がテーマ。「日本遺産フェスティバル」で表彰式を行う。受賞作品は機屋が製品化し、販売されるので自分に似合う1本を探したい。

住所:東京都八王子市八幡町11-2 八王子繊維貿易館1F/営業時間:10:00~17:00/定休日:水・日・祝/アクセス:JR八王子駅から西東京バス「恩方ターミナル」行き約8分の「織物組合」下車1分

取材・文=信藤舞子 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2023年11月号より