『せたが屋』本店の店長も務めた店主が立ち上げた実力店

品川から東海道線でたった1駅、京浜東北線なら4駅なのだけど地方都市の風情が漂う川崎。西口には近代的な大型ショッピングセンター『ラゾーナ川崎プラザ』が、東口には大きなアーケードが広がり生活しやすそうな街だ。

こざっぱりとしたのれんが目を引く。
こざっぱりとしたのれんが目を引く。

JR川崎駅東口を出て、京急線を右手に見ながら歩き市電通りを左折してしばらく行くと、2011年10月にオープンした『らーめん勇』に辿り着いた。店に入ると、店主の張勇軍さんと広報の山﨑さんが迎えてくれた。

「私は中国から経済を学びに日本にやってきて駒沢大学へ入学しました。世田谷キャンパス近くに『らーめん せたが屋』があって、前島社長が作ったつけ麺を初めて食べたときにあまりのおいしさに衝撃を受けたんですね。そこでバイトを始め働き続けるうちに、社長から声をかけられ大学卒業後に社員なったんです」と張さん。ちなみに広報の山﨑さんは『せたが屋』時代からのお付き合いだそうだ。

『せたが屋』でアルバイト経験もあるが、しばらく異業種に専念していた山﨑さん。近年になって再び飲食業で働くことになった。
『せたが屋』でアルバイト経験もあるが、しばらく異業種に専念していた山﨑さん。近年になって再び飲食業で働くことになった。

前島社長の元で7年修業し、ついには本店の店長を務めた張さん。その後数々の支店の運営に携わっていたが、京急鶴見店を任されていた頃、友人から「川崎にいい物件があるよ」と声かけられ独立を決意。『らーめん勇』をオープンした。

今は常連客も付き安定しているが、近くには人気店や有名店があり順風満帆とはいかなかったようだ。「お客さんがたくさんいて当たり前だった『せたが屋』を卒業したばかりで、オープンする前は自信があったんですよ。でも、近隣に人気のお店があるのでなかなかうちに入ってくれなかった。雑誌に載せてもらったりして少しずつ知ってもらえるようになったんです」。

L字のカウンターにはいつもお客さんがいっぱいだ。
L字のカウンターにはいつもお客さんがいっぱいだ。

オープン当時は、奥さんと2人でお店をやっていたが、現在は姉妹店も増えて3店舗を経営しているため、それぞれの店長に店を任せている。「でもね、今でも仕込みをやりますし、手が足りない時は店に入るのですごく忙しいんですよ」と笑って言う。その笑顔に張さんのラーメン愛を感じた。

それぞれにファンがいるものの、醤油とんこつは圧倒的な人気。醤油とんこつと汁なしは野菜、背脂、ニンニク増しが可能だ。
それぞれにファンがいるものの、醤油とんこつは圧倒的な人気。醤油とんこつと汁なしは野菜、背脂、ニンニク増しが可能だ。

お客さんの年齢層は20~70代と幅広い。高齢の方にはあっさりした醤油ラーメンが人気だそう。

炭で炙った分厚いチャーシューが2枚乗る醤油とんこつ

メニューは醤油らーめん、醤油とんこつ、汁なしの3種類。なかでも「醤油とんこつは1番の人気メニューなんです。いちばん新しいメニューの汁なしもかなり売れてますけどね」と張さんと山﨑さんがオススメしてくれたので迷ったのだが、醤油とんこつ880円をいただいてみよう。

鶏や豚で取ったスープは完成までに1日かけて丁寧に取っている。
鶏や豚で取ったスープは完成までに1日かけて丁寧に取っている。
麺は丸山製麺の中太麺で、ややちぢれている。
麺は丸山製麺の中太麺で、ややちぢれている。
麺とともに茹でた野菜は1分半ほど茹で、シャッキシャキ食感に。
麺とともに茹でた野菜は1分半ほど茹で、シャッキシャキ食感に。

どどーん、とテーブルにやってきた醤油とんこつはさすが人気No. 1。なんというか、佇まいにも威厳を感じる。

小皿のニンニクを従えて醤油とんこつが登場ダァ〜ッ!
小皿のニンニクを従えて醤油とんこつが登場ダァ〜ッ!

「1日かけて作るスープは豚がメインで、豚足、ゲンコツ、背骨、鶏のモミジなども入っています。さらにチャーシューのタレも入っているから、その旨味もあります」。香りや旨味は強いが、塩辛かったり脂っぽいのではなくて、キレのある上品さが筆者好み。弾力がありながら歯切れもいい麺との相性も最高だ。

パワフルなスープやチャーシューに負けない麺。ブリンブリンの歯応えだ。
パワフルなスープやチャーシューに負けない麺。ブリンブリンの歯応えだ。

次に丼の半分以上を覆っている分厚いチャーシューに着手。厚さは1.5〜2cmはありそうなボリュームだ。直前に表面を炭で炙って、パリッとした食感と香りをつけている。

「手間はかかるけど、おいしいですよね。常連さんのなかにはチャーシューをメインに食べに来るお客さんもいます」と山﨑さん。

表面を軽く炙っている程度だが、スモーキーな炭の香りがリッチなテイストを演出。
表面を軽く炙っている程度だが、スモーキーな炭の香りがリッチなテイストを演出。

この味に仕上げるために、まずはスープの中で1時半、さらにタレで30分煮込みそのまま30分漬け込むという。「このタレも仕上げまで3日以上かかるんです。4種の醤油がベースですがリンゴやいろんな調味料が入りちょっとまろやかなんですよ」。さらにそれを冷蔵庫で寝かせることで味を染み込ませるのだ。

丼と別に刻みニンニクが小皿で提供される心遣いもうれしいところ。筆者の場合、最初はノーマルを味わって、中盤でニンニクを入れたいタイプなのだ。半分くらい食べて少し入れてみたらすんごいパンチのある味に。

ニオイが気になるけれど、やっぱりニンニクは入れた方がいい。
ニオイが気になるけれど、やっぱりニンニクは入れた方がいい。

野菜も脂もニンニクも一切“マシ”はしなかったけど、十分満足できた。パワフルなものを食べると、自然とパワーがみなぎるなあ。ごちそうさまでした。

1杯ずつ真心を込めて作ったラーメン。その感謝をみなさんに還元したい

『せたが屋』のつけ麺の味に感銘を受け、今もラーメン道を突き進む張さん。母国でもつけ麺のようなものはあるが、「日本みたいに心込めて1杯のラーメンを作るというのではない」という。早く安く食べるためのファストフードのようなもので、クオリティはあまり求められていないのだとか。

「前島社長からいろいろ教えていただいた中でも、“中華料理店のラーメンとは違ってラーメン屋のラーメンがおいしいのが当たり前”っていうのが印象に残っています。社長と同じように真心を込めて作れば、私でもお客様の心に通じるラーメンが提供できると思うので」と話す。前島社長を尊敬し、真摯にラーメンに打ち込む姿に感動した。

通りからはこの立て看板が目印。
通りからはこの立て看板が目印。

2022年には東京・北区王子に姉妹店の『六麓(ろくろく) 豚らーめん』をオープン。あっさりスープの二郎インスパイア系を提供する。ちょうどオープンした日が張さんの誕生日、旧暦の6月6日だったので「六」を、「麓」という字は“基礎を固めて発展するように”と、『せたが屋』の前島社長から店名を贈られた。そして、2023年9月には板橋区・上板橋に『六麓 豚らーめん』の2号店をオープンした。

店内はテーブル席も完備。
店内はテーブル席も完備。

「川崎は住みやすくて、地元みたいな感じなんです。川崎にも二郎系のお店を出したいと思っています。『らーめん勇』がここまで来るのにはいろいろあったけど、10年以上営業し続けているのは本当にお客様のおかげだし、スタッフのみなさんのおかげ。これからも、何回食べても飽きずにおいしいと思ってもらえるラーメンを目指します。ラーメンでお金を稼いで、お客さん、スタッフ、家族へ還元したいですね」と張さん。

川崎にもう1店舗を出したら、また地元の人たちを虜にしていくのだろう。張さんの真心込めた1杯、またいただきに来たいです。

住所:神奈川県川崎市南町8-9-4 サウスウイング川崎101/営業時間:11:00~14:30LO・17:00~23:00LO/定休日:不定/アクセス:JR川崎駅から徒歩10分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢