新しいものと古いものが同居した風景
佃や月島では、築70年超えの木造住宅が軒を連ねる路地の隙間から、高層マンションが見える。また日本橋では、昔から流れる川の上を高速道路が走っている。
街中には、様々な時間軸のものが存在する。過去と未来が同居するような光景には、街のダイナミックな変遷が見え隠れし、無性に心掻き立てられるものがある。
電飾を身にまとい“日本のサイバー化”をモットーに活動する「サイバーおかん」ことタナゴさんは、街中の「サイバーな風景」を日々探している。
「渋谷には高層ビルや新しい複合施設がたくさん建っていますが、実際に訪れてみると、その周囲には古いビルや看板、赤提灯のともる居酒屋がひしめいています。こんなふうに、新しいものと古いものが同居して、どこか違和感を醸し出す風景を“サイバーな風景”だと捉えています。
『レトロフューチャー』『オールドフューチャー』という言葉で想起される世界観とも近いかもしれません」
タナゴさんがサイバーな風景に惹かれるようになった原体験は、幼少時に見たSF作品だった。
「子どもの頃から近未来アニメが好きでした。特に1980年代に作られた『AKIRA』や『ブレードランナー』といった作品には、かなり影響を受けましたね。とりわけ目が止まってしまうのは、メインの主人公よりもむしろ、作中に描かれる街の風景やそこに住む人たち。作品を見ながら、私自身もその中に溶け込みたいと思っていました。
実はAKIRAもブレードランナーも、時代設定は2019年なんです。ただ、当時はまだフルカラーLEDが開発される前。作中では、未来の風景を表現するのにネオンがたくさん使われています。
現実の世界ではLEDが使われ、当時思い描いた未来の風景にはなっていません。“あの頃思い描いた未来”、“来なかった未来”を感じるような風景に、サイバーを感じて惹かれてしまうんです」
タナゴさんいわく、サイバーな風景の魅力は、アンバランスさから醸し出される人間味だという。
「高層ビルばかりの風景だと無機質な感じがしますが、その手前に赤提灯がかかる飲み屋が見えた瞬間、人間味を感じます。
都市計画によって高層ビルが並ぶきれいな街に変わっていく中で、地べたの近くで力強く生きている人たちの生命力を感じるんです」
高層ビルと赤提灯とのマリアージュを愛でる
「渋谷の道玄坂からスクランブル交差点方面を見下ろすと、ビルの屋上に建つ永谷園のお茶漬け海苔の看板が見えます。無機質でかっこいい高層ビルが立ち並ぶ中、レトロなお茶漬けの看板が佇む対比がおもしろいですよね」
「私の生まれ故郷の大阪では、有名な道頓堀グリコサインが数年前にネオン灯からLED照明に代わりました。リニューアル工事中にはイラストが掲げられていて、『ネオンじゃなくなってしまうのか』と寂しい思いをしながら眺め、ふと後ろを振り返ったところ、道の向かいにアサヒビールの立派なネオンサインがあったんです。少しずつ電飾が切り替わって、ビールが注がれているように色味が変化する凝った作りで。
ここを訪れる人は皆、グリコサインばかりに注目していますが、反対側にこんなネオンサインがあるなんて、ほとんど知られていない。
その対比も含めて『サイバー』ですね。ちなみにアサヒビールのネオンサインの下は、かに道楽なんです。それもいいですよね」
「秋葉原も好きな場所の一つですね。秋葉原は年代によって「部品の街」「メイドの街」「アニメオタクの街」など、街の特徴がどんどん変化しています。それが風景にも現れています。
たとえば写真は、とあるビルから撮った風景です。ビルの上を電車が走り、その向こうに高層ビルが並んでいます」
「上の写真も秋葉原。富士そばの上がメイド喫茶で、その上が雀荘や柴犬カフェです。海外の方が好きそうな日本の風景ですよね」
街で「サイバーな風景」を探す手がかりについて聞いてみた。
「新宿や渋谷のような大きな建物がある街を散策した際に、古くて味わいある飲み屋街を見つけたら、そこから見上げてみてください。高層ビルと赤提灯とのマリアージュを楽しめると思います。特に東京は、『サイバーな風景』にあふれています。目線を上げるのがおすすめですね」
自らネオンを背負い日本を「サイバー」化
現在、電飾を身にまとい「サイバーおかん」の名で、サイバーな世界観の魅力を日々発信するタナゴさん。活動を始めたのは2019年頃だった。
「『AKIRA』や『ブレードランナー』で描かれた2019年の未来がやってきたのに、実際の風景は、作品に描かれたようなサイバーな風景とは全然違う。これはまずいぞ、サイバーが足りない!と、立ち上がることにしました(笑)。
“私が理想とする未来に住む、ただのおかん”を目指して、サンバイザーを被って、基板をデザインしたオリジナルの着物を衣装にしました。私の出身地の大阪では、おかんがみんなサンバイザーを頭につけているんです。
まずはその格好で秋葉原の街に立ってみたところ、意外としっくりきました。最初は見向きもされませんでしたが(笑)」
身にまとう電飾も自作しているタナゴさん。「サイバーおかん」としての活動当初はLEDを背負っていたが、静岡のアオイネオン株式会社とのコラボレーションで、なんと背負えるネオン「セオイネオン」も制作した。
「1980年代当時のSF作品の、未来なんだけど懐かしい感じはなんだろうと考えた結果、その理由がフルカラーLEDとネオンとの違いだと気づいたことがきっかけでした。当時の未来描写を再現するためにはネオンが必須だということに。ネオンサインを作れる会社を調べていたところ、アオイネオンさんにたどり着きました。
『ネオンを背負いたいんです』と相談したところ、ちょうどアオイネオンさんも、バッテリー式のネオンを開発しようとされていたタイミングだったんです。ネオン職人さんの力を借り、1ヶ月もかからず背中に背負えるネオン『セオイネオン』が完成しました」
ネオンを背負って「サイバー」を発信するタナゴさん。背中に光るネオン管の「電脳」という文字はインパクト満点で、国内外のメディアに多数取り上げられている。
「多くの場合、ネオンは離れた場所から眺めるもの。私が背負ったネオンを見て、『ネオンっていいね』と言ってもらえる機会も増えました。セオイネオンで、私が思い描く『サイバーな風景』を体現できるようになりました。
今、街からネオンがどんどんなくなっていっています。数十年経って、きれいな高層ビルだらけの街になったとしても、私がネオンを背負って街に立てば、それだけで『サイバーな風景』が生み出せます。その様子が、誰かの記憶や記録に残ればいいですね」
時代は移り変わり、街は日々変わっていく。しかしどれだけ街がきれいになろうと、そこで暮らしたり生きたりしている人がいる限り、一律に新しくなっていくわけではない。
「サイバーな風景」とは、失われゆくものをただ悲しんだり懐かしむだけでなく、それらが新しいものと混在しながらうごめく様子をも愛でる視点だ。
アスファルトの隙間から顔を出す草花に生命力を感じるように、新しさの中からはみだす人間味にこそ、生き物としてのたくましさがにじみ出ている。「サイバー」とは、人間の強さ、たくましさに対する眼差しでもあるのだ。
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべてサイバーおかんさん提供