私のような呑兵衛は死活問題で、ちょっと昼飲みをしようとしても行く先々でこう言われる。

「すいません……お酒出してないんですよね」

酒がどこに行ってもないのだ。あのときはつらかったなぁ……一杯の小グラスビールさえ出してくれないのだ。今考えても、本当に信じられない世界だった。

そんな壊滅的な状況下でも、ごく稀(まれ)に昼飲みができる酒場もあった。まさしく砂漠のオアシス。それはたまたま四ツ谷の「しんみち通り」を散歩していたときのことだった。そこで忘れもしない『焼鳥 Ryoma』と出合ったのだ。

独特なロゴの看板、こんな明るいうちから焼き鳥の店がやっているのか。いや、でもどうせ酒は無いんでしょ?──すっかりと酒場疑心暗鬼になっていた私の目に、奇跡の文字が入ってきた。

「えっ、昼飲み……!?」

店先に掛かる提灯には、鮮明に“昼飲み”と記されていたのだ。幻かと思ってその提灯に触れてみたが、やはりその文字は消えることはなかった。何の迷いもなく、興奮でもつれる足を踏ん張って店の中へと入った。すると……

「いらっしゃいませ。食事ですか? お酒ですか?」

女将さんが出てくると“食事か、酒か”という、うれしいコマンド選択を問われたのだ。迷わずガンガンいこうぜ「お酒です!」と伝え、およそ数か月ぶりの昼飲みにありつけたのである。

酒場で飲む昼酒のウマかったこと! 沖縄料理がメインの酒場で、そこで食べた「ゴーヤチャンプル」や「ポークハム玉子焼き」、あの新鮮な「地鶏タタキ」のおいしさは一生忘れることはないだろう。およそ二時間、私はその酒場を骨の髄まで楽しんだのである。

だが……

それから何度目かの緊急事態宣言が起こり、そのたびに私はその酒場へと訪れていた。そんなある日、いつものように訪れると、まさかの閉業となっていたのだ。これは本当にショックだった。ただの閉業ではない、数少ない貴重な昼飲み酒場を失ってしまったのだ。しばらくは失恋したような、喪失感の日々を送ることになった。

 

アフターコロナ。『焼鳥 Ryoma』への想いを胸に閉まったまま、今ようやく酒場にとって平穏な日々が訪れた。当たり前に酒が飲めるという幸せを噛みしめながら、私は新宿から東高円寺に向かって青梅街道を散歩していた。そして、ある雑居ビルの前を通ったときのこと──

あれ? この店のロゴ、どこかで……

えっ、えっ……

えぇぇぇぇぇぇっ!?

まさか、だった。なんと、あの四ツ谷の『焼鳥 Ryoma』と思しき店を、東高円寺で見つけたのだ……!

ちょっと、ロゴが似ているだけか……? いや、こんなインパクトのあるロゴと店名が被るはずがない。にわかに思い出が蘇ってくる。

これは、入ってみるしかない……いや、入らねばならない。妙な緊張感で、店の扉を引いた。

「いらっしゃいませ~」

店内は優しい暖色電球の色に包まれており、席はほとんど埋まってにぎやかだ。カウンターはなくテーブルが5、6席ほどの小ぢんまりとして、そこで厨房、お運びのマスター二人で切り盛りしている。

いやしかし、これだけではあの『焼鳥 Ryoma』との関連性は判断できない。まずは酒を飲み、落ち着いて観察しよう。

やって来たるは「ホッピー」の白セット。これを焼酎入りグラスに注ぎ、ぐびっ……ぐびっ……ぐびっ……、カ──ッうまりょうまいっ! 何はともあれ、ホッピーはいつどこだって裏切りません。さあ、問題はこれからだ。果たして思い出の料理は存在するのか。

私はメニューを開くと、驚愕した。

出た……「ゴーヤチャンプル」だ! この鰹節が大量にかかっている感じは、かなり似ている。さらにひと口食べてみると、それはより明確になった。実は私はゴーヤが苦手なのだが、このゴーヤはまったくクセがなく、そのままパリパリといけてしまうほど。そう、四ツ谷の店でも同じように食していたのだ。

ここは、あの四ツ谷にあった店の移転先か姉妹店という、ひとつ現実味が湧いてきた。

続いて「Ryomaサラダ」がやってきた。大皿にレタスやキュウリ、トマトがてんこ盛りで、その上にちりめんじゃこ、ベビースター的なカリカリが乗っているボリューム満点のサラダだ。シャキシャキ、ポリポリの小気味よい食べ応えと、和風ドレッシングがこれらをまとめ上げ酒のつまみにちょうどいい。

ただ……四ツ谷の方でこんなサラダはあったかな? たしかシーザーサラダはあったはずだが。

少し迷って「函館イカの塩辛」を頼む。塩辛は、チェーン店となるとほとんどが出来合いの同じものだが、こういう小さな酒場で出す塩辛は特徴が出てくる。ここのはちょっと赤みのあるワタ、そこへツンモリとネギが乗っている。コクがあり塩気も少なめ、白と青の二種類のネギがきっちりとアクセントを生んでいる。

ただこれも……四ツ谷でも塩辛を食べたが、そもそもネギがかかっていなかったような気がする。ワタだって、もうちょっと白っぽかったような……ああ、もっと写真を撮っておくべきだった。

 

イマイチ、どうしても『Ryoma』の決め手に欠ける。うーん……最後に「さつま地鶏タタキ」で比べてみよう。それで違うなら、おそらく関係のない店なのかもしれない。

まずは、これが四ツ谷の地鶏タタキの写真だ。

そして、こっちが今いる東高円寺の地鶏タタキ……っていうか、

皿の形こそ違えど、見た目はまったく同じじゃん! 半円型に薄切りにされた肉、テラテラと輝く脂の照り。数えてはいないが、みじん切りの青ネギの個数だって、きっと同じに決まっている。これまでの疑いを払拭させるそのひと切れをひと口……ウマいッ!!

上品な生肉の甘味、それを引き立てるポン酢の酸味がじんわりと。そんなの、どこの鳥刺しだって似たようなものなのに……いいや、これだ。完全に思い出した。

「四ツ谷の店? そうそう、同じ店だよ」

答え合わせの時間。満を持してお運びマスターに訪ねてみると、やはり同じ『焼鳥 Ryoma』だった。四ツ谷の方は20年目で閉業、そしてこの東高円寺では10年目という、地元に愛される酒場だったのだ。珍しそうに“へえ、そんなこと聞かれるとはねぇ”というマスターの表情が印象的だった。

結局、同じ店だったからどうなんだって話だが、こんな出合いが続くとやはりうれしい。災禍にたどり着いたオアシス酒場は、災禍と共に消えてしまったけれど、そのもうひとつと奇跡的に出合った……いや、“再会”したのだ。

そんな素敵な再会、呑兵衛にだってひとつぐらいあってもいいじゃないかと、次こそはこのオアシスへ通い続けられますようにと願ってやまない。

焼鳥 Ryoma(やきとり りょうま)

住所: 東京都杉並区和田3-59-11
TEL: 03-3317-7776
営業時間: 18:00~23:00
定休日: 月曜日

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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)