「世界最大の少数民族」の実情
一見、どこにでもあるケバブ屋の外観だ。肉塊がくるくる回るマシンだけの店かと思いきや、ちゃんと広い客席がある。そして大きな体のおじさんたちが、紅茶を飲みながらゆったりくつろいでいた。傍らのソファでは子供たちが机にノートを広げ、お絵描きをしている。かと思ったら、彫りの深い顔立ちで作業服を来た若者たちがやってきて、ケバブをお持ち帰りしていく。
彼らはみな、クルド人だ。
トルコからイラン、イラク、シリアにまたがって住む民族で、その数およそ3000万人。これだけの人口がありながら、特定の国を形成しておらず、「世界最大の少数民族」ともわれる。そして、それぞれの国で差別や迫害の対象となってきたため、国外に避難する人も多い。おもに欧米諸国へと逃れていくが、日本へもわずかにやってきている。そして埼玉県の南部、ここ川口市やとなりの蕨市に集住しているのだ。とりわけトルコから来た人々が中心となっている。
そんな苦労を感じさせず、厨房を切り盛りするコール・サルマンさんや、居合わせた客たちが、店の料理についてあれこれと教えてくれる。クルドのメニューとひと口にいっても多彩だが、日本で暮らすクルド人はトルコ南東部の出身者が多いため、そのあたりの郷土料理によく似ているのだそうだ。
「でも、クルド人のほうがトルコ人より辛いのが好き」
「チリペーストとかよく使うよ」
話しながらも薄焼きのピザといった感じのラフマージュンがガンガン焼き上がってくるが、これもピリ辛だ。食欲をそそる。さくさくした食感がいい。
「パセリと玉ねぎを巻いて食べると、現地っぽいしおいしいですよ」
と教えてくれたのは、コール・ユキコさん。クルド人の店主とご結婚した日本の方で、ともに店を営む。店にやってくる店主のご家族や、客のクルド人たちとも親しげで、すっかりファミリーの一員といった様子だ。アドバイスどおりにいただいてみると、なるほどいける。よく見れば親戚筋だというクルドのおばちゃんも同じ食べ方をしていた。
次々に現れるクルディスタンの恵み
「これはガジアンテップでよく食べられている料理ですね」
店によく来ているというおじさんが勧めてくれたのは、ナスと羊肉を交互に挟み込んだケバブだ。ガジアンテップはトルコ南東部の都市で、クルド人が集住している地域の一つ。そこから日本に逃れてきている人が多いのだ。ナスの甘みと羊肉の組み合わせはなんともおいしい。パンに挟むほか、パセリや玉ねぎと一緒に食べてもいい。
また、ユキコさんおすすめのレンズ豆のスープはほっとする優しさ。やっぱりパンがよく合う味だ。なんともボリューミーとなったテーブルでがっついていると、サルマンさんがカリフラワーや人参が盛られた皿をサービスしてくれた。ピクルスのようなものらしい。彼は店主の弟さんでもある。
イチリキョフテというのはピロシキに似ているだろうか。中にはひき肉や玉ねぎ、チリなどが入っているというが、印象的なのはプチプチとした食感。「ブルグル」という小麦の挽き割りなのだとか。これで生地を作り、具材を包み込んでいるそうだ。
こうした多彩な料理を、アイランとともにいただく。ヨーグルトに塩と水を混ぜたこの飲みものは、クルドやトルコだけでなく中東や中央アジアなど各地で愛飲されているという。
故郷を直撃した2月のトルコ・シリア地震
クルド人は、日本では川口や蕨など埼玉県東南部を中心に約2000人が暮らす。もともと製造業のさかんな地域だ。高度経済成長期からバブル期にかけて、南アジア、中東系の外国人労働者が働き、産業を支えてきた。その中に、クルド人も混じっていたといわれる。
そんな彼らを頼って、故郷で弾圧を受けた人々が集まってくるようになる。いつしかクルド人のコミュニティーが形成され、いまでは蕨市が「ワラビスタン」なんて呼ばれることもある。
しかし、彼らの生活は厳しい。日本にいるクルド人のほとんどは難民認定されず、日本の在留資格を得られないのだ。就労も許可されず、健康保険にも加入できない。移動の制限もある。
この店のコールさん一家のように日本人と結婚するなどして在留資格を得た人々も増えてきてはいるのだが、多くのクルド人は互いに助け合ってどうにかこうにか生きている状態だ。
加えて、2023年2月にトルコで発生した大地震が影を落とす。被害が激しかったのは、ガジアンテップをはじめとするクルド人集住地だからだ。川口や蕨で暮らすクルド人も、故郷の親族や友人知人が被災している。
「クルド人は解体の仕事をしている人が多いのですが、取り引き先の日本の会社が募金箱をつくるなどして助けてくれているそうです。うちの店でも支援をしています」
ユキコさんは言う。家族が心配で故郷に帰る人もいれば、トルコに戻ると弾圧の危険があるため日本に留まらざるを得ない人もいるそうだ。
きわめて大変な現状なのだが、それでもクルド人はこの地に根を下ろしつつある。在留資格を持つ人の多くは、首都圏の解体現場で働く。おもに個人住宅など入り組んだ路地にある小さな物件を日本人の業者から下請けしている。会社を設立し、経営者としてがんばっている人も多い。それにこの店のようなクルドレストランも増えてきた。
「みんなの憩いの場になれば」
とユキコさんが話すとおり、ここは苦境の民が支え合う、小さなコミュニティーなのだ。
『KOR'S CAFE KEBAB』店舗詳細
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2023年5月号より