建築家・岡村裕次さんと建築散歩

一級建築士であり、建築事務所の経営者でもある岡村裕次さん。住宅の設計やマンションのリノベーションを手がけるかたわら、およそ10年間、アートスクール「美術Academy&School」の「建築家とまわる建築散歩」で、一般のツアー参加者と街を歩き、建築の魅力を伝えてきた。

岡村さんいわく、建築の鑑賞とは「建築の声を聴く」こと。物言わぬ木や石の塊から、声が発せられるとは、一体どういうこと???

一級建築士事務所 TKO-M.architects:https://www.tko-m.com/main.html

建築家とまわる建築散歩2023:https://shop.art-a-school.info/?pid=171874182

国会議事堂の内部に潜入!

まずは、岡村さんとともに、教科書やニュースでおなじみの国会議事堂へ。平日は、誰でも無料のツアーに参加して、歴史が刻まれた建物内部を見学できる(2023年4月現在、参議院のみ開催)。スタート地点の参観ロビーでは、議会や議事堂の歩みが展示されているので、前提知識を入れておくとよいだろう。

国会議事堂の建設は、準備期間を入れて49年(1887〜1936年)、工期は17年にもおよぶ国家プロジェクトだった。ときは、欧米に追いつけ追い越せと、日本が近代化を急いでいた時代。国会議事堂は、欧米の議事堂にならって設計された。

「当時は、洋式の建築に日本の屋根や望楼を融合した、国粋的な『帝冠様式』が流行していたが、西洋伝統建築の部分を組み合わせて出来上がった建築です」と岡村さん。建築に日本文化の要素はほぼみられない。

「代わりに、ほぼすべてに国産の良い建材を使用し、当時の建築、工芸技術の粋を結集して建設しました」(岡村さん)。廊下を歩くだけでも、貝の化石が露わになった石灰岩の壁、ドアや階段に施された繊細な装飾など、さりげないところに見どころが多い。

本会議が開かれる議場では、議席をぐるりと取り囲むように、いっそう複雑な彫刻が施される。装飾はもちろん、反響防止の役割もあるそうだ。天井の巨大なステンドグラス(こちらは外国製)は自然光をとりこんでおり、場の重厚な空気を増してしているようにみえる。

「今なら建築基準法上NGだろう」(岡村さん)という場内は、バリアフリー対応など一部を除いて、竣工当時のまま。歴史的に重要な選択がなされてきたこの場の空気を感じれば、現代、次世代の議員たちは自然と身が引き締まるだろう。

社会のあり方に応じて、空間を適切に残していく維持管理も、建築という営みの大切な一部なのだと気付かされる。前述のバリアフリーや、防火対策など、この空間を極力保存しながら実施するのは目に見えない苦労がたくさんあるはずだ。

国会議事堂が語っていること

「建築の声を聞く」とは「建築家と対話する」ことでもあると、岡村さんは言う。どんな建物にも、人が込めたメッセージがある。

岡村さんの話を聞きながら、国会議事堂を歩いたあとなら、そのことが少しわかった気がする。

例えば、純ヨーロッパ風の建築が示すのは、欧米で生まれた議会の思想やシステムを、(建築も含め)丸ごと実現するという意思なのかもしれない。一級品の石材や木材、精巧な彫刻をほどこした贅沢な空間は、西欧化の時代に日本人が示したプライドであり、国の威信でもある。

同じく堂々たる外観も。

竣工当時、日本一の高さを誇った65.45mの議事堂中央塔はじめ、重厚な佇まいは権威の象徴。衆議院(左)、参議院(右)が左右対称に大きく広がる構成は、バランスのよい議論を行う二院制の思想と、「国家の安定」(岡村さん)を表現している。

なるほど、建築はなかなか雄弁だ。

国会議事堂の隣にある国会図書館と比べてみると、なおおもしろい。国会図書館のエントランスの位置に注目すると、正面から向かってやや左に配置されていることがわかる。「左右非対称の構造は、権威や安定とは対極的な、親近感や開放感を表現しているんです」と岡村さん。言われてみると、左右対称で完璧にバランスの整った建物より入りやすいかも……。

あるいは、学術や芸術、ジャーナリズムを支える図書館は、権威や権力から独立した存在である、というメッセージが隠れているのかもしれない。

近未来の要塞!?最高裁判所へ

司法の最高機関である最高裁判所は、国会議事堂の正面玄関から歩いて5分ほど。ニュース映像などで見るのは、内堀通りに面した正門だ。

入り口から玄関までが遠く、樹木に遮られて建物がよく見えない。威容を見せつけるような国会議事堂とは違うが、「距離によって権威を強調する建築の見せ方です」と岡村さんは言う。

最高裁判所の建築を鑑賞するには、青山通り側にまわると良い。窓がなく模様もない、無機質な印象の石壁は、10万枚の花こう岩が張られたもの。かといって平面的ではなく、ところどころに突起が配置されるなど、四角形が組み合わせられた複雑なつくりは要塞のようだ。一切人を寄せ付けない閉鎖的な印象を与えると同時に、高い品位や孤高性を感じさせる。

「建物の声」は、世の風潮やときの政権に左右されない「普遍的な正義の追求」といったところだろうか。

ちなみに、最高裁判所の敷地は国立劇場/国立演芸場に隣接する。裏手にいくと、打って変わって下町を思わせる庶民的な雰囲気に変わるのがおもしろい。最高裁判所の偉い裁判官も「司法は国民の生活を忘れては成り立たない!」と襟を正すんじゃないか、と勝手に想像する。

オープンでありクローズドな首相官邸

取材時、外国の大統領が来日していることもあってか、首相官邸の警備は物々しかった。通りからエントランスまでは距離があり、国会議事堂、最高裁判所と同様に、権威を示しているのはよくわかる。

違うのは、ガラス張りの壁面だ。建物自体の大きさも威圧感がなく、開放的な印象。遠目にも、ガラスを通して内部に木材が使われていることがわかり、私たちが親しんできた日本文化のテイストが感じられる。官邸の広々としたホールで総理大臣が囲み取材を受ける映像はニュースの定番だが、建築には国民と親密でオープンな政府をアピールする意図が反映されているのだろう。

といっても、本当にフルオープンなわけではない。当然ながら実際に官邸の中はみえないし、前述のとおりセキュリティは厳しい。裏手に回ると高い壁がそびえており、オフィス街が近く、一般の人が多いエリアにあっても、大きな隔たりを感じさせる。

建築の声を聴く3つのポイント

ここまで、永田町をめぐって、国家権力の最高機関の建築を鑑賞してきた。

国会議事堂は民主主義の象徴として、どっしりと安定感をアピールしていた。最高裁判所のある種異様な建築は、何事にもゆるがない法の番人にふさわしい。

首相官邸の主である総理大臣は、国民の選択を経た代表者であり、国家の最高権力者でもある。官邸は、開かれていると同時に、閉ざされた建築なのだ。

こうしてみると、役割が明確な建物が多い永田町は、岡村さんのいう「建築の声を聴く」散歩を、わかりやすく楽しめる街だったのではなかろうか。

岡村さんからは、今回の体験を通して、建築散歩の3つのポイントを教えていただいた。

「第一に、エントランスに注目するとよいでしょう。

建築の顔であるエントランスには、設計者がもっともお金と時間をかけるところです。テイストは和風か洋風か、左右は対称か、道との距離、ひさしの有無、広さや明るさ、素材、どれくらい開放的なのかetc.……。街のビルなどでも個性的なエントランスは多いが、なぜそうなっているか、を考えるだけで、建築の声が聴こえてきます。

第二に、前提知識があると深まります。

大まかでも建築の流れがわかると、前後関係の中で、建築家の狙いを理解できます。今日の例で言えば、国会議事堂はヨーロッパの伝統を重視する新古典主義、最高裁判所と首相官邸は、産業革命以降に広がったモダニズムの流れの中にある建築です。

前提知識は建築そのものでなくても、よいのではないでしょうか。建築は同時代の産業と深く結びつき、美術等にも大きく影響を受けています。絵や写真が好きな人は角度を変えておもしろい造形や素材を探したり、ビジネスパーソンなら建築を合理化する工夫(例:同じ素材を繰り返し使うと工費が下がる)を考えるなど、建築はさまざまな素養を活かして楽しめます。

第三に想像力を持って、よく観察して街を歩いてください。

多くのアートと同じように、建築の鑑賞にも正解はありません。建物をしっかりと観察して声を聞き、自分で勝手な想像ができればよいのです。そのためにも、エントランスを手がかりにしたり、自分なりに基礎知識を土台に持って歩くのがおすすめです。特にエントランスはわかりやすい部分なので、観察して妄想し甲斐があると思います」

身近な街でも実践できる岡村さん流の建築散歩、あなたも試してはいかがだろうか。

取材・文・撮影=小越建典(ソルバ!)