ああ、あのときの稚内駅はいずこへ
私が稚内駅へ訪れた最後は2009年でした。それから駅の施設全てが激変し、旧駅舎は解体され、ホームの位置も100m南へとずれ、2番線を廃止してホーム1面線路1線の「棒線ホーム」となりました。
その後、駅舎を併設した複合施設「キタカラ」が2012年にグランドオープン。駅舎はむしろ脇役となり、道の駅、バスターミナル、コンビニ、シネコン、市の施設がひとつの敷地内に誕生しています。
かつての稚内駅は、戦前は樺太を結ぶ稚泊航路の起点であり、北の外れにある稚内港へ線路が伸びていました。終戦間際に稚泊航路は廃止となりましたが、防波堤と一体型となったアーチ式ドームが航路の名残となり、港を結ぶ貨物線が稚内駅の北へと伸びていました。
私が初めて渡道した1993年の段階で、貨物線の跡は残っていませんでした。それから2009年の訪問まで、最北端のモニュメントと車止め、鉄筋二階建ての駅舎が最北端駅のシンボルでした。
その時の記憶で止まっているので、2023年に稚内駅へ訪れたときは、目をパチクリと白黒させるほど驚いたのです。もちろん、駅が変わったことは知識として存じています。ただ、パソコンの画面や誌面での情報で知っていても、いま目の前で展開されている光景を見る方がより衝撃的だったのです。
建物内を堂々と突っ切る線路に萌える
新生稚内駅には、もうひとつシンボリックなものが誕生しました。線路の最北端をアピールするモニュメントです。キタカラの建物から飛び出るようにして線路が伸びていき、広場に車止めがあるのです。これはJR北海道から稚内市へと寄贈された線路と車止めを、元にあった位置へ再設置して整備されたモニュメントです。
一度撤去されて再設置となった線路なので、廃なるものとして微妙な立ち位置ですが、しばらく線路を眺めているうちに、駅の終端地点から外へ出る線路は一種の廃線跡であるし、何よりも以前の姿を再現するため、建物内を線路が突き抜ける構造が面白いと感じてきました。
それならばとじっくり観察していきます。キタカラの1階に宗谷本線ホームがあり、ホーム北側から通路が伸びて、小さな改札口を抜けます。大きなガラス張りの向こうは宗谷本線の線路で、移設前にあった「西大山から稚内」モニュメントが飾られています。ガラスを隔て、線路は一旦プツッと切れますが、同じ位置からモニュメントの線路が延長されていきます。
改札口の隣には敷石に埋もれた線路。路面電車のような姿に見えなくもないけれど、ここは建物内です。
開放的な待合空間と改札窓口との間には線路が埋もれ、しかもその線路は外へ伸びていく。その先にはエントランスのドア。線路はお構いなしに伸びていきます。線路の隣に駅スタンプ台があって、何かおかしい。スタンプ台の隣が線路というのは初めて見る光景……。
ガラスドアの下を線路が伸び、風切り室でも途切れずに続きます。よく線路を模した敷石で表現することがありますが、触るとレールの頭です。風切り室の自動ドア脇には線路。ガラス部分の下を突っ切って外へ出ています。
建物の建設と同時期に設置された線路のモニュメントですが、まるで線路は元々撤去されずにあって、後から建物が建てられたようにも見えてきて、もうそういうストーリーでいいんじゃないのかと思ってきました。
建物の外にある車止めが以前の駅の位置
エントランスの外に出ました。線路はまだ続きます。稚内駅の看板の下を線路が続き、バラスト部分を表現するかのように、敷石の色味も異なっています。そして数十メートル進んだ地点で、黄色い車止めが待ち構えていました。敷石ではなくバラストと木枕木が現れ、広場にポツンと佇んでいます。建物内から線路が伸びてきて、広場でプツッと途切れる。その姿があまりにも唐突で、不可思議な光景にすら見えます。
この車止めの位置が、移設前の稚内駅ホームのはずれでした。おおよそ今の光景からは思い出しにくいですが、車止めは同じ位置に再設置されているとのことで、ここを基準にすると過去写真から旧駅舎の位置関係が朧げに見えてきます。
再建されたとはいえ、駅改良工事以前の線路が建物から突き抜けて鎮座する。私には立派な廃線跡に見えました。さすがに建物内には線路はないだろうと思っていたから、なおさらこの姿に驚きと興奮を隠せません。建物の構造を無視して我が道を進む線路。こどものときから、路地裏や奥地へ進む謎の線路の存在が好きでしたから、余計に興奮します。
北のはずれにある防波堤ドームまで線路があった
モニュメントから続く廃線跡は、今度はレールではなく敷石の表現によって線路が描かれ、北へと進んでいきます。やがて駐車場となり、右手へ分岐していた貨物線は一部敷地が“それらしい”カーブとなっている他は、もう跡形もなく消え去っています。
唯一残存するのは、1936年竣工の防波堤ドームです。ローマ建築を連想させる柱となだらかな曲線を描く半円状のコンクリートアーチは大変美しく、平成13(2001)年に北海道遺産に指定されました。
夜に訪れてみると、照明に浮かび上がったアーチドームが、古代神殿を連想させます。間接照明によってなだらかな曲面のコンクリート構造が際立って表現され、いつまでも眺めていられるほど美しいのです。最北端の廃線跡は他に例のない方法で存在感を表していました。
取材・文・撮影=吉永陽一