今和泉隆行
1985年、鹿児島県生まれ。7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。空想地図は現代美術作品として、東京都現代美術館「ひろがる地図」(2019年)のほか、各地の美術館にも出展。主な著書に『みんなの空想地図』(2013年)、『「地図感覚」から都市を読み解く―新しい地図の読み方』(2019年)など。
能町みね子
1979年、北海道生まれ。文筆業、イラストレーター。著書に『結婚の奴』(平凡社)、『私以外みんな不潔』(幻冬舎文庫)、『お家賃ですけど』(文春文庫)、『私みたいな者に飼われて猫は幸せなんだろうか?』(東京ニュース通信社)、『逃北~つかれたときは北へ逃げます』(文春文庫)、『皆様、関係者の皆様』(文春文庫)など。
小説「青森トラム」(交通新聞社刊『鉄道小説』収録)
生まれ育った東京での変化のない日々に焦燥感をつのらせた水越亜由葉は、勢いで仕事を辞め、漫画家の叔母・華子が暮らす「芸術家が多い、自由人の街」青森にやってきた。トラムに乗り、自分で選んだ街を見てまわる日々。まだ見ぬ自分に出会う“上青”物語。
鉄道を勝手に敷いてる人は多いはず
能町 前回の対談をもとに、今和泉さんに「青森トラム」の空想地図を起こしていただいたのですが……これはすばらしいです!!!!! 感動ものです。私が思ったとおりのものがちゃんと形になっていて、さすがです……!
今和泉 ありがとうございます。
能町 前回の対談、特に青森の方から「現実もこうだったらいいのに」というような反応をいただいていました。
今和泉 私のほうは、Twitterとかで「ワクワクする」みたいな感想がありました。潜在的に関心があるというか、空想地図をつくるようなことを子供の頃にやった経験者は多くて、そんな人たちの記憶をくすぐったような反応が多かったですね。
能町 子供の頃なんて、だいたい鉄道を勝手に敷いてますよね。
今和泉 勝手に敷いてる人、めちゃくちゃ多いはずです(笑)。
能町 はじめは自分が好きなように適当に敷いてても、だんだん凝り始めて「これは現実的にあり得ないんじゃないか」っていうふうに考えが変わっていく人もいると思うんですよね。謎の「現実」を自分の中でつくり始めるというか。
今和泉 そうなんですよね。
能町 今回の対談ではつくっていただいた地図を元にもう少し細部を詰めていきたいと思いますが、その前に、今和泉さんが小学生時代からつくり続けているという空想都市「中村市(なごむるし)」の地図についても聞いてみたいと思います。
30年近く修正を続ける空想地図とは
今和泉 「中村市(なごむるし)」の地図の最新版を持ってきました。この地図は私のサイトでも公開していて、自由に見ていただけます。
能町 大きいですね! 近年では地形や歴史などの識者の方と地図を修正する「空想測量会議」なるものもされてますよね。城や城下町に詳しい方にけっこう大幅に修正されたりして……。専門的に研究している人はそれぞれ見るところが違うから、そうなるよね、と。
今和泉 でも、日本も現実では例外だらけで。すべての街がセオリー通りにはいっていないので、いろいろ聞いて、「どの例外なら成り立つかな」というようなことを検討しています。
能町 「中村市」をつくり始めたのは小学生の頃じゃないですか。何も知らない時に適当につくったものを、知識が増えるにつれて、「歴史がこうならこうなるはずだ」とちょっとずつ変えていくわけですよね。
今和泉 子供の頃は城とか、城下町なんて知らなかったですから。後付けでどんどんできていく感じですね。
能町 それ自体が歴史だからちょっと面白いですね。
今和泉 専門家の方の視点で「変えやすいもの」「変えにくいもの」があるのは面白かったです。作者としては、地名や神社やお寺の位置は簡単に変えられるんですけど……。
能町 歴史の専門の方からすると、できた背景とか方角的な条件とかもあってなかなか変えられないですよね。
今和泉 そうですね。逆に彼らからすると近代以降にできるようなものは変えやすいと思っていたようです。「鉄道の位置ってこうじゃないかなあ」と気軽に言うけど、そうすると近代以降にその鉄道ができたことによって面的に広がった新興住宅地全部を描き直さないといけなくなる。面的に広がっているものと、近代以降の核・軸となるものを書き直すのは大変なんです。だから、どうにか生かすために「こうなってしまった理由」をつくる。例えば駅が遠い理由として沼を入れようとか。沼があってどうしてもここにできなかったから、ちょっと離れたところに駅ができたということにしようとかですね。
能町 空想地図は歴史が一方向的に進まない。先にこっちができてからこっち、と逆走する場合は結構ありますよね(笑)。
今和泉 あります、作業の都合上(笑)。
能町 その人の好き嫌いもあるから、「こうはならないでしょう」と、みんなそれぞれ言いたくなるんですね。
今和泉 それが面白いですよね。
能町 「中村市」の人口は何万人ぐらいですか。というか、この「中村市」がある国はどういう国なんですか(笑)。
今和泉 人口は150万人くらいですね。日本と95%一致している、偶然日本語のような言語が通じる国ですね(笑)。さいたま市と近しいような、ここから30㎞いくと北に海が面している首都「西京(さいきょう)市」があります。なので衛星都市兼、県庁所在地兼、中心地という。
能町 この国は、歴史的にも日本と近い感じなんでしょうか。
今和泉 はい、それも日本と95%くらい似てるかと。江戸時代、とは言ってませんがそういった時代もあるので、城もあります。
能町 どういう順番でここまでつくり込んだんだろうなと思っちゃいます。子供の頃には思いつきもしなかったものがたくさんあるわけじゃないですか。「これがなきゃおかしい」みたいな。学校とかも、それなりに均等にちゃんとつくらなきゃいけないし……。
今和泉 そうですね。あるとき消防署がないことに気づいて、まとめて入れましたね。
能町 まとめて入れるというのは起こり得ますよね。最初から「消防署つくりたい」ってなかなかならないですよね。
今和泉 ならないですね。調べてみると警察なんかは管轄が独特なんですよね。郵便局は東京だと旧区に1つみたいな感じでありますけど、警察は郊外にいきなり新しくできたりするので。
「中村市」の市街地はどうなっている?
能町 私鉄に地下鉄、新幹線もあるんですね。この世界で国鉄みたいなのはどれでしょうか。
今和泉 この「内鉄(Nyrail)」というのが元国鉄にあたる路線ですね。
能町 あれ、路面電車もあるんですか!?
今和泉 はい。今はこの「北平川」以南が廃止されてるんですが、その後「平川駅」まで別ルートで路面電車がきました。
能町 ここに来ていたんですか! 「平川駅」あたりと、新幹線が通っている「中村(なごむる)駅」のあたりがにぎわっている市街地に見えますが、どっちのほうが人が多い感じですか。
今和泉 今のところ「平川駅」のほうですね。でも若い人は最近、「中村駅」のほうにきてるかと。首都に勤めているオフィスワーカーなど20代、30代が行き来するという感じですね。旧市街とそれに肉薄する中心駅という構図です。
能町 名古屋駅と栄的な関係ですね。そうすると、この「出ノ町駅」はどういう立ち位置ですか。
今和泉 「平川」に南方面から来る時の、「登州街道」との結節点でできた駅ですね。路面電車は昔、この「出ノ町」まで来てたんです。名古屋の人が見たら金山駅に見えるでしょうね。ただ、名古屋と違うのは、この「出ノ町」はもともと静かな住宅地だったのですが、意外と乗り継ぎ客が多く、小さなお店が増えて第3の市街地になってしまったというところですね。建物が密集していて建て替えもできないし広い道路もつくれない。片道1車線あるかないかの、自転車も爆走してるようなところをバスが走っているという場所です。
能町 吉祥寺駅の南口みたいな感じですね(笑)。
今和泉 こういう場所は、人のにぎわいのわりに古くて家賃の安い建物がたくさんあって個性的な飲食店が残るようなグルメタウンを生むんです。
能町 ああ、だからいい感じの飲み屋街とかができるんですね。いや、すごいです。
空想都市の、どこに住む?
能町 今和泉さんは、この地図でいうとどこに住みたいですか?
今和泉 こことかですかね……?大学の近くで、区画整理されていないんです。
能町 本当だ、してないですね。しかも丘陵地だ。
今和泉 そうなんですよ。中心部まで自転車で行けるけど、古くて安い物件がまだまだある。
能町 ちょっと駅が遠いですしね。
今和泉 私は移動がほぼ自転車なので、駅が遠いのは気にしないんです。大学が近いと安い飲食店もあるはずなんですよね。能町さんはどのへんが気になりますか。
能町 この「七町」あたりについてもう少し詳しく知りたいんですよ。私の好みだと、ここの地名の区分けをもっと細かくしちゃうと思うんですよね。
今和泉 ここはもう城下町じゃないんですよね。ただ、戦前の時点でたぶんもっと細かく割れていたはずで、「七町」というのももともと7個町があったと思うんですよね。
能町 なるほど。城はどの辺にあったんですか?
今和泉 この「広善公園」のところです。たとえば静岡などは城があった場所が公園になって博物館、県庁、裁判所、博物館、学校なんかの“城址セット”が揃っていますが、ここも似たような感じです。この近くは城下町の歴史があるから、地名は町名は上書きせずに残してます。
能町 私は小説で書いたとおり路面電車が好きなんですけど、この街の路面電車はあまりにもまっすぐなので、そんなに惹かれてないんです(笑)。いっそ地図の上のほうの、この辺に住むとかもありですかね。ここはどういう街なんですか?
今和泉 ここは工業地帯なんですよね。北が首都方面で通勤に便利なので、家賃はそんなに安くないんです。川口とか西川口の間みたいな感じでしょうか。マンションが立つのか、「再開発予定地」もあります。
能町 あ、でも川沿いに住むのはあんまり好きじゃないんですよね。地震を気にしちゃうので、地盤がゆるいところは……。私はけっこう市街地のまん真ん中あたりが好きなので、気になっていた「七町」あたりとかかなあ。
今和泉 それなら、城の北側あたりは地盤が固めでおすすめです。山があって台地がせり出しているところに城があって、武家地の近くなので。
能町 「大木町(おおきまち)」「甲佐町(こうざまち)」「武田町(たけだまち)」……ああ、ここがいいかもしれないです! あとは、たとえばこの西側のニュータウンのほうに住むと「平川駅」のほうに行くには乗り換えなきゃいけないんですか?
今和泉 「中村駅」で乗り換え必要ですね。それがこのニュータウンの難しいところで。ただ、いちおう幹線バスが走っているので、それだと乗り換えなしでいけます。
能町 「中村市」は、地下鉄は1本ですか?
今和泉 はい。若気の至りで2本にしたのが、私鉄の数や人口規模をもとに、先ほど話した「空想測量会議」で削られて1本になりました(笑)。
能町 そうなんですか(笑)。いや、私も架空の青森の小説を書きましたけど、この沿線に家を買ったサラリーマンの話とか考えたくなります。勝手な妄想ですけど、途中で地図を修正したことが物語に絡んできたりするとちょっとSFみたいで面白いなと。
今和泉 SF!
能町 家を買ってこの路線を使っていたのに、ある日突然、線路がなくなっちゃったみたいな(笑)。
今和泉 そのお話興味があります! こういう二次創作が進むと、地図を描き換えると良くないんですが……(笑)。二次創作はたくさん見たいんです。私は「中村市」のバスの時刻表をつくったことはあるんですが、運転手の休憩時間のシフトも考えて。今度は、たとえばさっき話してたニュータウンのほうから市街地まで走るバスの「音だけ」をつくってみたいなと思ってるんです。ドアが開いた瞬間、最初は蝉の音が聞こえてたのが、街の方にくるとパチンコ店とか車の音が聞こえてくるとか。
能町 いいですねえ……。
空想地図の地名、どう付ける?
能町 あ、美術大学もありますね。でも名前が「西京美術大学」……?
今和泉 首都から移ってきた大学ですね。
能町 取手の芸大みたいな感じですかね。いや、でも、地名の付け方とかにやっぱり好みが出ますね。やっぱり私は地名が気になります(笑)。この「十郎森」っていうのは旧地名っぽいですね。「十郎森小学校」、「十郎森公園」……。
今和泉 もともと字(あざ)だったところです。住所としての「十郎森」はないんですけど。
能町 そもそも「中村(なごむる)」はどこからきてるんですか。
今和泉 小学校5年生の時に転入生の中村くんも誘って地図を書いてたんですが、その中村くんが「読みだけ変えて」というので「なごむる」と適当ににごらせんたんです。
能町 適当に決めた名前に、後から理屈をつけるのがいいんですよね。
今和泉 「なごむる」になった理由付けとして、ここに「那古」が登場してるんですけど。いろいろな地名の由来があって、いろんな字があると。
能町 名古屋市の那古野(なごの)みたいですね。同じ意味を表す地名にいろんな表記があることは、実際にありますよね。昔は当て字もたくさんありましたし。
今和泉 でも「中村」以外は素直な読み方のものが多いですよ。空想地図は作者によってありそうな地名にこだわる人となさそうな地名を付ける人、その人のイズムみたいなのがあるんですけど、私は「ありそうだけど見たことないな」を狙っていく趣味なんでしょうね。
能町 「十郎森」とかは「十郎さんがいた森」でありそうですが、「詰久(つめひさ)」とかはありそうな、なさそうな……。
今和泉 あ、それは中村くんがつけた唯一の生き残りの地名なんです。
能町 そうなんですか(笑)。やっぱり、こういう経緯自体が「中村市」の歴史のような感じがしてきますね。ところで、この「中村市」の修正はこれからも続けるんですか。
今和泉 毎回これで最後って思ってるんですけど、粗を見つけてしまうと一気にリアリティーを感じなくなって入り込めなくなるので、冷めないために、続けてる感じですね。
能町 わかります。しょせん空想かもしれないけど、空想の中の「このラインが現実」っていう基準が自分の中で絶対ありますよね。
今和泉 そうなんです。夢が覚める瞬間みたいなのをつなぎ止めるために、どんどん現実的に寄せて……。でも、いずれは現実に寄せることから離れて、この「中村市」からも離れて別のことをやってみたいですね。さすがに「中村市」に専念しすぎでしょ、と……。
能町 まだまだやろうと思えばやれる気がしちゃうんですけど(笑)。でも、今和泉さんこれは相当この街を愛してますよね?
今和泉 そうでもないんですよねえ。
能町 そうなんですか!? つくってる時に「なんでこの街ないんだろう」って思ったりしないんですか。
今和泉 私は逆に「なんでこんなことやってんだろう」って思っています。
能町 けっこう冷めてるんですね(笑)。わたしは「青森トラム」の世界のことを考えてたときに、「なんで現実はこの街じゃないんだろう」って思ってたんですよ。
今和泉 能町さんにとってはこの青森が現実なんですね。その世界に生きてる。
能町 そう、そっちに行っちゃってる時がある(笑)。
今和泉 この後の話で、そっちの世界での能町さんの日々を聞きたいです(笑)
つづく
構成=渡邉 恵(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)
撮影=中村こより(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)