バラエティに富んだお店が集まる坂下町商店会
埼玉高速鉄道線(埼玉スタジアム線)の鳩ヶ谷駅は東京方面から数えて4つ目の駅となり、赤羽岩淵駅から8分ほどで到着するアクセスしやすいエリアだ。
鳩ヶ谷宿と呼ばれた日光御成道の宿場町があり、明治や大正時代に建てられた建築も多く残っている。休日にのんびりと散策するのも面白いだろう。昭和42年(1967)の市制施行から鳩ヶ谷市であったが、平成23年(2011)に川口市に編入合併した。
鳩ヶ谷駅から6分ほど東に歩くと坂下町商店会という商店街がある。店舗数はそれほど多くないがバラエティに富んだお店が集まっている。
たとえば、お弁当やお惣菜を取り扱っている「おかずや」は豊富な品揃えが魅力のお店だ。天ぷらやアジフライなどの揚げ物、甘露煮や南蛮漬けなどのお惣菜、生姜焼きやメンチカツなどのお弁当が所狭しと並べられている。どれも美味しくボリュームもたっぷりなので、どれにしようか迷ってしまう。
本格的なおでんを販売するお豆腐屋さん、『星野食品』
『星野食品』も品揃えが豊富なお豆腐屋さんだ。木綿や絹ごし豆腐、厚揚げやがんもどきはもちろん、おぼろ豆腐や胡麻豆腐まで揃う。
坂下町界隈だけでなく遠方からやってくるお客さんも多いそうで、訪問した平日の午後でも客足が絶えなかった。お店の方の接客は笑顔が気持ちよく、細かな心配りがあたたかい気持ちにさせてくれる。
おでん種としても利用できるがんもどきや小さいサイズの京がんも、厚揚げ、野菜や肉が入った袋詰も揃う。どれもお店で手づくりしたできたてのものばかりだ。
切干大根やいもがらの煮付などのお惣菜も充実しているので、このお店だけで夕飯の買い物を済ますことができる。おからで揚げたドーナツは大豆のやさしい味わいが好評だ。
『星野食品』では10月から4月までおでんを販売している。店頭で煮込んだおでんと自宅調理用のおでん種を販売しており、片手間ではない本格的なものとなっている。ちなみに、夏季となる4月から10月はところてんを販売しているそうだ。
煮たおでんはそれぞれの種にしっかりと味が染み込んでいる。豆腐のおでん種の味は保証つきだが、揚げ蒲鉾もバラエティに富んでいて、非常に美味しそうだ。
メニューに掲載されているおでん種は18種類だが、鍋にはもっと種類がありそうだ。お店の方に質問すれば詳しく丁寧に解説してくれる。
自宅調理用のおでん種も非常に充実している。仕入れ先をうかがってみたところ、北区赤羽の丸健水産で働いていた方が作られているという。たしかにスタミナ揚などは丸健水産で提供しているものとそっくりだった。
こんにゃく関連の製品も販売している。北区の赤羽(志茂)にある『川口屋』のものを取り扱っており、ちくわぶはもちろん、こんにゃくや糸こんにゃく、小結白滝が揃う。鳩ヶ谷から距離が近いからだろうか、赤羽との縁を感じる。
充実したおでん種や店頭のおでんが魅力の『港屋』
『港屋』は昭和47年(1972)に創業し、鳩ヶ谷で50年以上営業しているおでん種専門店だ。元々は本町3丁目にあったが、営業開始から16年経った頃に坂下町へ移ってきたという。
港屋という屋号は埼玉県に2軒あり(もう1軒は川口駅近くにある『港屋かまぼこ店』)、東京では町屋(閉業、荒川区町屋3-19-9)や京島(閉業、墨田区京島3-54-5)などにも存在した。鳩ヶ谷の店主のご祖父様が始め、その歴史は大正12年(1923)までさかのぼるという。
お店の正面には自宅調理用のおでん種が並んだショーケースがあり、向かって左手には店頭で調理したおでん、入口にはおつまみ用の揚げ蒲鉾が陳列されている。埼玉県にありながら「東京おでん」ののぼりが掲げられているが、これは『港屋』が東京都蒲鉾水産加工業協同組合(通称東蒲、2022年3月に解散)に所属していたためだ。
まずはショーケースのおでん種を見ていこう。ここには揚げ蒲鉾を中心としたおでん種が所狭しと並んでいる。すべて合わせると40種類ほどありそうだ。
揚げ蒲鉾は20種類以上あり、さつま揚やごぼう巻、えび巻など定番ものが多い。カレーボールやバクダンなど東京のおでん種専門店で見かける種類も揃っている。
ちくわぶは「ハダカ」と呼ばれる未包装のものであり、こんにゃくと白滝も同様だ。大根やじゃがいも、玉子は下茹でしたものが揃うので、鍋に放り込むだけですぐに味染みのおでんが完成する。
豆腐のおでん種は巾着、なまあげ、がんもどきが揃い、肉類は牛すじやフランクがある。また、『港屋』でははんぺんと魚のすじを手づくりしている。都内でも製造をやめてしまったお店が多く、非常に貴重な存在といえる。焼ちくわは青森県のイゲタ沼田焼竹輪工場のものを取り扱っている。
おつまみ揚はスタミナ揚、紅しょうが、えだ豆などひと口サイズになってパックで販売されている。おでんに入れてもいいが、酒のお供やおかずに最適だ。
店頭で調理したおでんはお持ち帰りをするお客さんがほとんどだが、リクエストをすればその場で食べることもできる。訪れたときも常連客がやってきては大量に購入していた。
おでん種は種類ごとに12の仕切りで美しく分けられている。鍋からは湯気が立ち込め、ぬくもりあるやさしい香りが漂ってくる。
メニューに掲載されているのは24種類だが、記載されていないものもたくさんある。鍋を覗いて美味しそうなものがあれば、指をさして店主に伝えるといいだろう。
大根や白滝はしっかり飴色に染まり、揚げ蒲鉾やつみれのうまみがしっかりとおでん汁に溶け込んでいる。牛すじやフランクといった肉系のおでん種も入っているので、重層的な味わいを楽しめる。
『港屋』(鳩ヶ谷)のおでん種
数え切れないほどたくさん種類があって迷ってしまったが、今回は13種類のおでん種を購入した。
時計回りに12時から、五目揚、さつま揚、ぎょうざ巻、えび巻、しいたけ揚、カレーボール、フランク(ハーブ)、しゅうまい巻、つみいれ、魚すじ、スタミナ揚、はんぺん(中央)。
出汁や調味料を鍋に入れて沸騰させてから弱火にし、煮えにくいおでん種から順に投入していく。それぞれのうまみがぎゅっと詰め込まれたおでんが完成した。おでんの詳しい調理方法は「東京おでんの調理方法」の記事を参考にしてもらいたい。
はんぺんは中央がこんもりとした手取りはんぺんと呼ばれるもので、きめ細やかでシルキーな食感を楽しむことができる。上品な魚のうまみも格別で、おでんだけでなくわさび醤油などでそのまま味わってもいいだろう。
魚すじも手づくりのもので、こちらも上品な味わいだ。すり身の中に入った軟骨が食感のアクセントとなっている。おでんに入れるとふんわりとした魚のうまみを感じることができる。
つみいれはイワシのうまみをしっかりと感じることができる。滑らかな食感で、臭みはまったく感じられない。お吸い物や鍋料理にも活用できそうだ。
さつま揚はすり身以外に具材が入っていないので、『港屋』の店主の職人技をストレートに感じることができる。足(弾力)は適度にありながら、ソフトな歯触りとなっている。
えび巻は海老が1尾丸ごと入ったおでん種だ。『港屋』のものは一本が非常に長く、まっすぐの形状となっている。エビのぷりっとした食感はもちろん、ほどよい厚みで巻かれたすり身との相性も抜群だ。
東京ローカルといわれるカレーボールは埼玉県のおでん種屋さんでもよく見かける。『港屋』のカレーボールはカレー粉のスパイシーな香りがしっかりと感じられるが、すり身のうまみを殺さず上品なバランスとなっている。
五目揚は通常野菜が多く用いられるが、『港屋』のものは桜エビやイカも入った贅沢なものになっている。噛み締めるごとに異なる具材の美味しさを味わえる。
スタミナ揚は唐辛子が入っているピリ辛仕様だ。もやしや玉ねぎ、ニラが混ぜ込まれており、食べるとぽかぽかと身体が温まる。
しいたけ揚は椎茸の裏にすり身が盛られており、かぐわしい椎茸の香りと魚のうまみを同時に味わえる。椎茸には十字の切れ込みが入っており、味が染み込むだけでなく見た目も美しくなっている。この十字の切れ込み、実際にやってみるとそれなりに手間がかかるのだが、これを大量に製造しているのは大変な労力だと思う。
フランクは2種類あるが、今回はハーブのものを購入した。圧倒的なボリュームで、何等分かにして家族やパートナーと食べるといいだろう。ジューシーな肉汁と共にハーブの芳香が漂い、非常に贅沢な気分を味わえる。煮込むとおでん汁にもそのうまみが溶け込むので、ぜひ1本購入しておきたい。
ぎょうざ巻は小振りながら、餃子のうまみがぎゅっと詰まっている。魚のすり身は非常に薄く巻かれていて、『港屋』の店主の職人技を感じ取ることができる。
しゅうまい巻は焼売の餡がぎっしり詰まっていて、挽肉のうまみを思う存分味わうことができる。からしを付けるとさらにその美味しさが増すので、ぜひ試していただきたい。
『港屋』のおでん種は奇をてらわず、成形から味付けまで細やかに心を配った堅実なつくりとなっている。この職人技が50年以上も愛され続ける理由なのだろう。さらには店主の柔らかな物腰と気遣いにあふれる接客も素晴らしく、何度でも訪れたい気持ちになる。
東京と同じように埼玉県でもおでん種専門店は減少を続けているが、できるかぎり営業を続けてほしいものだ。鳩ヶ谷は東京からアクセスしやすいので、ぜひ一度訪れて『港屋』や『星野食品』のおでんを味わっていただきたい。
『港屋』(鳩ヶ谷)の基本情報
『港屋』
〒334-0003 埼玉県川口市坂下町2-3-16 信栄ビル
048-284-2152
定休日:日・祝
営業時間:9:00~19:30
『星野食品』の基本情報
『星野食品』
〒334-0003 埼玉県川口市坂下町2-2-11
048-282-4053
定休日:日、夏季休業、年末年始
営業時間:8:00~20:00
取材・文・撮影=東京おでんだね