お話を聞いたのは……内海皓平(うちうみ・こうへい)さん

平日も穏やかな藍染大通りと自然体の内海さんは相思相愛。
平日も穏やかな藍染大通りと自然体の内海さんは相思相愛。

1995年、東京生まれ。歩行者天国研究家。
東京大学大学院建築学専攻を修了後、設計事務所に勤務。後にフリーとなり、公共空間のリサーチやメディアの企画編集をする傍ら、藍染町会のイベントなどの企画運営にも関わる。

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「それまでホコ天を意識して歩いたこと、なかったんですよ」。
歩行者天国研究家として寄稿や、メディアにも登場する内海皓平さんは笑う。「2017年に藍染大通りに出合ってからなんです」。建築学科の学生時代、まちづくりや設計の授業のフィールドワークの調査対象として、大学からも近いこの通りを訪れた。

どこにでもある車道はコミュニティーの重要拠点

「普段の生活は徒歩と自転車で十分ですよ」。
「普段の生活は徒歩と自転車で十分ですよ」。

不忍通りから根津神社交差点をひょいと東に折れた1本の道。交通量は少ないのに妙に幅広な、約140mの藍染大通り。そのうち藍染町会エリア100mは、1972年から日曜休日の11~16時は歩行者天国(遊戯道路)になっている。毎週車止めの看板を出し、普段は子供たちの遊び場として、また年間を通じて町会の催事も行われ、その使われ方に感銘を受けた。「いつしか知り合いが増えていって。お神輿も担ぎに来ました」

後に公共空間としての道路の使い方を卒業論文のテーマに選び、対象を他の歩行者用道路にも広げた。文京区内には30カ所以上の遊戯道路があるが、欠かさず看板を出す道路は4カ所程度、看板は出してもイベント活用の度合いが低い道路もあった。

ところが「ここは催事が多いんです。根津神社の例大祭、年に一度の下町まつりの会場、防災訓練、(屋台やワークショップが出店する)あいそめ市は半年に一度……」。普段の日曜日も、近所の子供たちが遊んだり絵本を読んだりしている。路上での結婚式「ストリートウエディング」なんてイベントまで行われたこともある。「だから町会の人たちはイベント慣れしてるんです。何をするときは誰に頼み、何を用意すればいいか、ちゃんとわかってる」そうだ。

「一般道として作られた場所で、子供が遊ぶ遊戯道路としてだけでなく、街の大切なイベントが行われ、それが継承されているところが素晴らしい」と、内海さんは絶賛する。

「この道を使いこなしてるんですよ」。それを活かせるか否かは住民の意識次第だ。いわば草の根まちづくり。

人と地域のつながりがよきホコ天を育てる

「藍染大通りには、実は細かい取り決めがないんですよ」と内海さん。明確化しなくてもきちんと回っていくのは、地域の結びつき、人のつながりが良好な証し。そして2020年、内海さんは近所に引っ越してきた。「町会の寄り合いにも出ますけど、僕から企画を出すことは多くはないんです。誰かの思いつきをより面白い形で実現するのがやりがいです」。トークイベントや地元のローカルメディアの編集など、常に住む人目線のスタイルを貫いている。

内海さんたち力作の読み応え十分な記念誌の発行と、藍染大通りのホコ天50周年を祝うイベントが、2022年11月に開催された。記念式典の100mテープカット、通りに敷いた大きなゴザも、内海さんたちの手配。「式典後のピクニックはだんだんゆるゆるしてきますよ」と言うとおり、家族連れやご近所さんが、飲んだり食べたり喋ったり。イベントを詰め込まなくても、ホコ天の使い方を心得ている風景が素敵だ。通りを行き来する内海さんは、同世代の若者からお年寄りまで、ひっきりなしに呼び止められている。

一歩脇道に入ると、住宅が軒を連ね、年季の入った長屋が立つ路地も多い。空襲を免れた木造家屋も点在する街の真ん中を貫く藍染大通り。車道も、人々が集う広場に育て上げることができるんだ。この短いホコ天と、笑顔の内海さんが教えてくれた。

藍染大通り歩行者天国50周年記念式典&ピクニックの様子

記念式典として行われた全長100mのテープカット。(撮影=島田祐輔/apgm*)
記念式典として行われた全長100mのテープカット。(撮影=島田祐輔/apgm*)
ご近所店舗の屋台が華を添え、道路に敷いた長大なゴザでゆったり。(撮影=本誌編集部)
ご近所店舗の屋台が華を添え、道路に敷いた長大なゴザでゆったり。(撮影=本誌編集部)
藍染体験のワークショップも開催。(撮影=本誌編集部)
藍染体験のワークショップも開催。(撮影=本誌編集部)
特設ステージではライブ演奏も。(撮影=本誌編集部)
特設ステージではライブ演奏も。(撮影=本誌編集部)

内海さんの作った本たち

『歩行者天国ハンドブック』 2018年

大学の卒論をベースに、歩行者天国の誕生から、その使われ方、現状、そしてホコ天を支える人々を、国内外の事例と、路上観察の趣深い豊富な写真で考察。既に藍染大通り愛にあふれた文章が素敵。

『ホコテン探訪記』2019年

『歩行者天国ハンドブック』制作以降に訪問した各地の実情を紹介し、住民との関わりや現代社会での位置付けを考える。
ただの通行止め車道を超えて、人や社会の出会いの場としての可能性を秘めた、ホコ天の方向性を感じさせる一冊。

『銭湯山車進行公式記録集』BKY+銭湯山車巡行部、2022年

内海さんもメンバーの、地域の歴史的建造物などの記録保全・活用を行う「文京建築ユース」が、銭湯文化の再発見と活性化を目的として、廃業した銭湯を山車に再構成したアートプロジェクト。藍染大通りでもイベントを開催した。

『藍染大通り歩行者天国50周年記念誌みんなの藍染大通り』2022年

藍染大通りの歩行者天国50周年を記念し、その沿革や関係者へのインタビュー、四季折々のイベント写真や寄せられた多くの街の声を編集した記念誌。
全国のホコ天の活性化を考える人々には最適なテキストだ。

取材・文=高野ひろし 撮影=小野広幸
『散歩の達人』2023年1月号より

いまや東京を代表する散歩スポットととなったこのエリア。江戸時代からの寺町および別荘地と庶民的な商店街を抱える「谷中」、夏目漱石や森鴎外、古今亭志ん生など文人墨客が多く住んだ住宅地「千駄木」、根津神社の門前町として栄え一時は遊郭もあった「根津」。3つの街の頭文字をとって通称「谷根千」。わずか1.5キロ正方ぐらいの面積に驚くほど多彩な風景がぎゅっと詰まった、まさに奇跡の街なのである。