茶文化の発展によって生まれた茶問屋。 主な機能は、流通の効率化と品質の安定化
各産地で栽培された茶葉が、その土地または全国の小売店に並び、わたしたち消費者の手に届くまでの間には、多くの職人が関わっています。「茶問屋」の人々もそのひとり。
茶問屋とはその名の通りお茶の問屋、すなわち、茶の生産者と小売業者をつなぐ仲買人です。たくさんの茶農家から茶葉を仕入れ、それをニーズに合わせて製品として加工し、各メーカーや小売業者へ届ける仲卸業を主な役割としています。
今回、茶問屋が担う仕事について話をうかがったのは、明治時代から茶問屋として日本茶の製造卸売業を営む「多田製茶」(大阪府・枚方)の7代目・多田雅典さん。
「そもそも茶問屋が生まれた背景には、現在の煎茶の基礎である手揉み製法『宇治製法(青製煎茶製法ともいう)』の誕生があるといわれています。1738年に京都の『永谷宗円』によって開発された宇治製法は、それまで特権階級だけが抹茶としてしか味わえなかったお茶を、より美味しくより大衆向けにと生まれました。宇治製法と煎茶の誕生により茶文化は急速に発展し、流通の担い手となる茶問屋が必要とされるようになったと伝えられています」
茶問屋を介すメリットは、生産者と小売業者の双方にとって主に2つあると多田さんはいいます。
ひとつは、取引回数を減らせること。一般的な仲卸業と同様、生産者と小売業者の間に茶問屋が入ることで個別に仕入れや商談を行う必要がなくなるため、時間や人件費も含めて流通全体のコストを下げることができます。
もうひとつは、商品の保管を茶問屋が一括して担うため品質が安定する上、流通量の調整が可能になったり、生産者と小売業者は自社で品質・在庫を管理するコストを削減できたりします。特にお茶は、まわりの温度や湿度に影響を受けやすく、品質管理にコストがかかる商材。小規模の生産者・小売業者が各々で大量に在庫を持つと費用や売れ残りリスクの面からも大きな負担になりかねません。
茶問屋なくして商品としてのお茶は完成しない。 製造プロセスから見えてくる、茶問屋の重要な役割
一方で近年、“商社不要論”……つまり中間マージンが発生する卸業者は介さないほうがよいのでは? という議論が一部であがっています。確かに、IT化が進んだ現代では情報処理能力が高まり、在庫管理や受発注業務が効率化されたことで問屋の介入は不要だという面もあるでしょう。
しかしこれは一般的な商材において成り立つロジックであり、茶業界では大きく異なる点があると多田さんはいいます。
「なぜなら、ほとんどの茶問屋が製造機能の一部を担っているからです。茶問屋が生産者から仕入れる茶葉は、荒茶と呼ばれるまだ商品としては未完成の原料の状態(参考:荒茶とは? 煎茶の製造工程 -生葉から煎茶ができるまで-)。それを規格商品として最終加工をしたり味を整えたりブレンドしたりという仕事は、茶問屋が行っています。
中には『流通問屋』といわれる物流の仲介だけを行う茶問屋もいますが、大多数は製造を担う『製茶問屋』。単に商品の一時預かり所ではなく、メーカーや小売業者、さらにはその先の消費者が求める価値ある商品にするために仕上げ調整をすることも、茶問屋の重要な役割なのです」
茶問屋の仕事の流れ
では、ここからは具体的な茶問屋の仕事の流れを見ていきます。
①品質検査(官能検査)・仕入れ
まずはサンプリングによって品質検査を行い、荒茶を仕入れます。仕入ルートは大きく分けて2パターン。
①農家から直接仕入れる
②茶市場での入札によって仕入れる
どのような荒茶を仕入れるかという基準は、それぞれの茶問屋が培ってきた“よいお茶”の理論や好み、販売先の小売業者のニーズによって異なります。ただし共通するのは、茶種、品質、価格、ロット、市場の動向などを総合的に加味し、求める価値に見合っているかを判断すること。
「たとえば多田製茶の場合は、深蒸し、普通蒸し、浅蒸しでいうと普通蒸しと浅蒸し茶の取り扱いが圧倒的に多く、その中でもうち好みの味や香り、僕が“よいお茶”と考えるものがあります。そこから『この茶種のこういう風味の荒茶は、この仕入れルートからこのくらいの価格でこれくらいの量を仕入れよう』という目処を立てます。いわゆる仕入れ計画です」
九州エリアを皮切りに、新茶の仕入れが始まるのは4月。そのため2月頃から棚卸しをし、前年の販売数や近年のトレンド、残りの在庫数、時にはもっと過去の販売データなどを参考にしながら、商品カテゴリごとに翌シーズンの予測を立て仕入れ計画を作成。
主な仕入れルートは農家と茶市場ですが、茶問屋が別の茶問屋から仕入れることもあるのだそう。たとえば、新茶の大走り(全国でもっとも早く採れる新茶)などの限られた産地でしか入手できない特殊な茶葉や、緊急的に対応する場合などは、ほかの茶問屋から買い付けを行います。
特に大手メーカーと取引をしている茶問屋にとっては、品切れは絶対に許されないご法度! 仕入れ量の予測や、確実に商材を確保することはとても大事な仕事のひとつです。
②荒茶を磨く(仕上げ)
荒茶を仕入れたら、規格商品に仕上げる加工を行っていきます。荒茶は、あくまでまだ一次加工のみを終えた“原料”の状態。茎や粉、大きな葉っぱなどが混じっていることがあり、次の火入れの工程で乾燥ムラができてしまったり、最終的な味を損ねたりする可能性があるので、それらの不純物を丁寧に取り除きます。
③火入れ
次に、火入れです。火入れは2段階に分けて行います。
第1工程:荒茶の状態ではまだ含水率が高く5〜8%ほど。そのままだと傷みやすく味も整っていないため、再度火入れをして3%ほどにまで水分量を減らします。それぞれの茶葉の特性に合った火入れを行わなければいけない上に、その頃合いによって最終的なお茶の味が決まるため、職人の腕の見せどころともいえます。
第2工程:その後、必要に応じてさらに香味付けのための追加の火入れを行います。熱を加えると、茶の葉に含まれるアミノ酸と糖が反応し甘い香りを発します。それをコントロールすることで、それぞれの茶問屋が独自で目指すクオリティや、卸先・消費者のニーズに合わせて好きな香りに仕上げます。第2工程はあくまで追加の火入れなので、行わない場合もあります。
④合組(ブレンド)
火入れのあとは、合組(ブレンド)です。
近年、少しずつシングルオリジンの需要が高まりつつありますが、まだまだボリュームゾーンは合組。なぜならそれはやはり日用品として、量販店でお茶を購入する消費者が多いからです。それはすなわち、“味、品質、価格が統一された商品が、一年を通して、毎年、大量に求められる”ということ。
しかし、茶は自然の農作物ですから、単一の農園で全国の流通量を網羅するほど荒茶を大量につくることが難しいのはもちろん、その年によって必ず味や品質が変わります。そのため、さまざまな荒茶から仕上げたお茶をブレンドすることで、味、香り、色のバランスを整え同品質の商品をたくさん完成させていきます。
「合組は足し算だと思われるかもしれませんが、そうとはいいきれないのが難しいところなんです。混ぜることでネガティブな要素が悪目立ちしてしまうことも多々あり、単純にそれぞれの荒茶が足りない要素をほかで補い合うように足していけばいいというものでもないんですよ」と、多田さん。
合組を行うときは、まず使用する茶葉をすべて並べ、それぞれの特徴を考えながら、ブレンド割合の違う複数パターンのレシピを作って最終的な味を決めていきます。
⑤加工
その後、一部の商品においては、焙煎してほうじ茶にしたり玄米を混ぜて玄米茶にしたり、抹茶ドリンク用のパウダーにしたりなどの加工を施します。取引先のニーズに合わせて使う煎茶や玄米のグレードを調整するのも茶問屋の仕事です。
⑥商品保管
完成した茶葉は、茶問屋が持つ巨大な冷蔵庫で保管されます。あまり知られていませんが、この保存管理も茶問屋の重要な役割。茶は特に「直射日光」「湿度」「高温や温度変化」に弱いため、きちんと管理された場所で保管しないと品質が落ちてしまいます。
茶問屋は基本的に2つの温度帯の冷蔵庫を備えています。設定温度は問屋によって異なりますが、より長期的に品質が維持できる非常に低温の冷蔵庫(-25℃〜-5℃目安)と、常温出荷前に急激な温度変化を避けるために慣らしを行う冷蔵庫(2〜5℃目安)があるのが主流。
茶葉の保管には大きなコストがかかります。しかし、茶問屋がこうして品質管理を徹底しているからこそ、わたしたち消費者は一年中美味しいお茶を飲むことができるのです。
これからの茶問屋に求められるのは「新しいマーケットの創造」
ここまで、基本的な茶問屋の仕事・役割についてお伝えしてきましたが、かつてとは大きく日本茶市場が変化している現代において、茶問屋はほかにもさまざまな新しい取り組みを始めています。
たとえば多田製茶では、日本茶の製造卸小売業を営む一方で、実店舗での茶葉の販売や喫茶営業、日本茶スイーツの開発から製造卸小売業なども行っており、東京・原宿の人気スイーツ店とコラボレーションした「香ル 半熟カヌレ」は全国的な人気商品に。
また、数百種にも及ぶというその圧倒的な茶葉のラインナップと製造機能を活かし、各小売店向けのオリジナル商品の開発・プロデュースなども行っています。ホテルのアメニティのお茶を手がけた際には、ブランドコンセプトや客室デザイン、客層、他のアメニティグッズなどをトータルで考慮し、茶葉の選定からパッケージデザインまでを、ホテルのブランディングツールのひとつとして創りあげました。
「これまでは既製品の受注がほとんどでしたが、最近は、小規模の小売店からもレシピやパッケージなどオリジナル商品のニーズが高まっています。カフェや居酒屋、ベーカリーのメニュー開発などのオファーも多いですね。あとは産地によっては、自治体とタッグを組んで海外プロモーションに積極的に取り組む茶問屋も増えています。
それもすべては、多種多様の茶葉を扱い独自で仕上げ加工機能を持つ茶問屋だからこそできること。茶問屋の仕事や存在はなかなか表に出ることはありませんが、高い技術力と情報処理能力、クリエイティビティが求められます。これからの茶問屋には、それらを活かした新しいマーケットの創造が必要だと僕は考えています」
ひとつひとつのニーズに対応することは非常に労力がかかることだといいますが、誰かの課題解決ができたり、一緒に新しいものを創り上げていくことができるこの仕事が楽しくてしょうがないと多田さんは話します。黒子に徹しながらも、茶業界を影で支え続ける茶問屋。これからは、多田さんのように表舞台で活躍する茶問屋も増えてくるでしょう。
「やっぱり僕はお茶が大好きなんですよ。茶問屋が生産者と小売店のコネクションになり、それぞれの声をフィードバックする役割を担うことで、みんなで新しい茶文化をつくっていきたい」
日本茶の未来を担う、現代の茶問屋たちの活躍にも注目です!
茶通仙 多田製茶
大阪府枚方市長尾元町1-45-1
072-850-2123
営業時間 10:00〜17:30
定休日 無
写真・吉田浩樹 文・山本愛理(Re:leaf Record)