壁に開いた穴に、ふと目が留まった
住宅地を歩いていると、建物の擁壁にところどころ開いた穴を見かけたことはないだろうか。雨水が貯まらないよう建物外部に排水するための「水抜き穴」だ。
水抜き穴協会さんは、壁の「水抜き穴」とその周りの風景を写真に撮り、インスタグラムに投稿している。
穴からちょこりと生える植物や、壁面に広がるツタや苔、光と影が作り出す偶然の模様。タイムラインには、水抜き穴を中心とした多様な風景が並んでいる。
「初めて水抜き穴の写真を撮ったのは、2020年3月でした。通勤途中歩いている時、ふと水抜き穴に目が留まり、何の気なしに覗いてみたところ、誰かの名刺が一枚入っていたんです。水抜きの奥に広がる世界を、初めて認識しました。
当時、ちょうどコロナ禍でテレワークが始まり、遠出もできなくなった時期だったので、家の周りを散歩する機会が増えて。街なかを見てみると、意外と水抜き穴がたくさんあることに気づいて、そこから鑑賞が始まりましたね」
小さな穴の奥に広がる別世界
水抜き穴協会さんが惹かれる水抜き穴の魅力、それは人工物の穴の奥に広がる小さな宇宙だという。
「この世界は、人工物と、人の手が入らない自然とが組み合わさって成立しています。たとえば草原や多くの山は自然の大地に植物が自生していますが、盆栽は人間の管理のもと植物が育てられています。
一方、水抜き穴の場合、穴自体は人間が作ったものですが、その中には管理されていない小さな自然が広がっています。人工物の中にぽっかりと、誰も管理していない空間が存在して、それぞれの穴の中で苔や草が生えたりと、小さな宇宙が始まっているのがおもしろいですね」
水抜き穴は、無意識の人間ドラマが垣間見える空間でもある。
「人間も何の気なしに色んなものを入れてしまって。水抜き穴に突っ込まれているものでは、ビールの缶など、お酒が多いですね。
一番すごかったのは日本酒の一升瓶です。歩きながら飲んだ人が差し込んだのでしょうか。隣の穴にはワンカップが入っていました。同じ人が飲んだのかな、と想像してしまいました。
その穴は、今は中にものが入れられないよう入口が塞がれてしまっています。穴をめぐるドラマが見えてきますよね」
「印象的だったものでは、大きなお屋敷の壁の水抜き穴に、馬券の束が突っ込まれていたこともありました。
穴の中には無秩序な感じが残っていて、見ていて飽きないですね」
季節や時間で変わる、唯一無二の風景
水抜き穴の見どころは、いま一瞬だけではない。時間の経過とともに、穴の中や周りの様子が変化していく。
「季節や時間帯によって風景が全然変わるのも、魅力ですね。普段は漆黒の穴の中に、ある時間帯だけ光が差し込んで中がきれいに見えたり、雨の次の日は水抜き穴が輝いて、緑が生き生きした姿が見られたり。
普段同じように通る道でも全然飽きない面白みがありますね」
「同じ穴を見続けていると、育ったり枯れたりと、植物自体も変化していきます。水抜き穴の中に種が飛んでくると、雨の次の日や次の次の日に小さな植物がいっぱい芽吹いていて。頑張って生きてくれよって、ついつい応援しちゃいますね。
順調に育っていた植物が夏の乾燥で枯れてしまったりすると、もう少しだったのにな、と悲しい気持ちになります。逆に、花が咲くと嬉しいですね。
土も少なく養分もなく、光も入りづらく、植物からすると水抜き穴は過酷な環境だと思います。そんな中で、たまたまそこにやってきて芽吹くのがドラマチックですよね」
これまで見てきた多種多様な水抜き穴の中でも、特に思い入れがあるのが、造成中の建物の水抜き穴だという。
「建築途中の家の外壁の水抜き穴で、まだ穴の中に土が入っていない状態でした。本来は覗き込んでも向こう側が閉鎖されているので真っ暗ですが、このときだけは向こう側の様子が見えていて。向こう側の世界と、自分がいるこっちの世界とがつながっている、なかなか見られない光景でした。
今はもう土が入って家が建ち、穴も塞がれてしまったので、向こう側を見ることはできません」
細部と全体、両方を味わう
これから水抜き穴を見て楽しんでみたい、という方に鑑賞のコツを伺ってみた。
「水抜き穴鑑賞の一番の醍醐味は、何も持たずに楽しめることだと思います。スマホのカメラ一つあれば、普段のお散歩の中でできますし、季節や時間による変化もまた楽しいです。
同じ壁に連続して並んでいる水抜き穴でも、植物が生えている穴もあれば、缶が突っ込まれている穴もあったりして。そういう、同じ壁の悲喜こもごもな佇まいも楽しめるかなと思います」
鑑賞する際は、水抜き穴と、その周囲の壁の様子とを両方味わうと、より楽しい。
「壁を含めた水抜き穴の風景と、水抜き穴自体とを両方鑑賞するのがおすすめです。
水抜き穴の中ばかりに目が留まってしまいがちですが、実は周りの風景の中での水抜き穴の様子がきれいな場合もあります。逆に全体ばかり見ていると、水抜き穴の中に広がる小さな世界の存在を忘れてしまったりします。
日常生活と一緒ですね。全体も、細かいところも両方見て楽しむことが大事です」
気づいていないだけで、いつもの街にも別世界への扉がひっそりと開いている。水抜き穴は、街に潜む小さなパラレルワールドのような存在だ。
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて水抜き穴協会さん提供