東京では駄菓子屋が次々と数を減らしているが、さらにおでんやもんじゃ焼きなどを食べられる駄菓子屋はほとんど存在しなくなった。今回紹介する「小倉商店」はおでんを販売する貴重な駄菓子屋さんのひとつだ。店主である小倉和位(かずい)さんにお話をうかがいながら、店内でおでんを味わった。

北千住で70年近く営業する駄菓子屋さん、「小倉商店」

足立区最大の繁華街、北千住。その中心となる北千住駅は4社5路線が乗り入れるターミナル駅となっている。新旧さまざまなお店が集まっていて散策するのも楽しい。東京のおでんファンの間では「マルイシ増英」がある街として有名だ。

北千住駅の東口を出ると学園通り旭町商店街があり、東京電機大学の学生や地元客で賑わっている。商店街の途中で路地に入って南に進むと、住宅街の中ほどに「小倉商店」がある。

暖簾に白く染め抜かれた「おでん」の文字が目を引くが、「小倉商店」は飲み屋ではなく駄菓子屋さんだ。秋冬から春先にかけておでんを販売し、暑い時期はかき氷を販売している。

店内はこぢんまりとしているが、3席ほどが収まるカウンターでおでんが食べられる。奥には大きな鍋があり、店主の小倉和位さんがおでんを調理している。

見回すと駄菓子やお菓子、カップ麺などが所狭しと並んでいる。昭和の時代にタイムスリップしたような懐かしい雰囲気だ。

おでんの出汁は煮干しと鰹節を加えたものとなり、毎日取り替えているという。大根は下茹でしたあとに別鍋で味付けしてじっくり煮ているそうだ。おでん種は創業以来、千住大橋の足立市場にある小西という仲卸業者から仕入れている。以前は自転車で毎日通っていたが、現在は市場から配達してもらっている。立ちのぼる湯気が温かそうで、食欲をかき立てる。

壁にはメニューが掲げられているが、日や時間によって仕込みが異なるので直接鍋を見ながら選ぼう。在庫があれば、鍋にないものでもすぐに煮てくれる。カウンターで座って食べられるが、お持ち帰りもできる。

小倉さんは葛飾区亀有の出身だが、ずっと北千住にお住まいで70年近くお店を続けている。以前この界隈には子どもがたくさんいたので、自宅を改装して駄菓子屋さんをはじめられたそうだ。昭和初めの生まれで戦争も経験しており、北千住界隈の歴史にも詳しい。

お店には古い写真が飾られているが、北千住マルイの開業時(2004年)に撮影したものだという。しばらくマルイの店内に飾ってあったが、後に小倉さんが貰い受けたそうだ。

中央上に写っているのは「小倉商店」の向かいで営業していた「弁天湯」だ。多くの入浴客が訪れる人気の銭湯だったが、2008年5月に火災があり消失してしまった。「弁天湯」の隣には店名の由来である弁天様を祀る祠があった。以前は「小倉商店」の敷地にあった池に祀られていたが、池を埋めた際に奉遷したそうだ。小倉さんのご祖父様の代から100年以上の歴史があり、彼女も祠のお世話をしていたが、現在は住宅になっている。

おでんを頼むとお皿に盛り付けてカウンターに置いてくれた。箸代わりに串を1本用意してくれる。緑茶もサービスしてくれ、身も心もあたたかい気持ちになる。

おでんは非常にクオリティが高い。駄菓子屋さんの作ったものだからと油断しないように味わっていただきたい。ひとつひとつのおでん種が大きくて満足感があり、じっくりと調理されていて身体にやさしく染み渡る。

静かに語る小倉さんの姿を眺めながらおでんを楽しんでいると、お婆ちゃんの家に遊びに帰ったような懐かしい気持ちが込み上げてくる。非常に居心地がいいが、飲み屋ではないので長居しすぎないように注意したい。

ボリューム抜群、愛情こもった「小倉商店」のできたておでん

お持ち帰り用も購入し、自宅でも「小倉商店」の愛情こもったおでんを楽しむことにした。

時計回りに12時から、だいこん、しらたき、こぶ、カレーボール、玉子、やさいてん、つみれ、やきちくわ(中央左)、ちくわぶ(中央右)。カレーボールはおまけしていただいた。

おでん汁をたっぷり入れてくれるので、鍋に移して温めるだけですぐに味わえる。複雑ながらもまろやかで透き通った出汁の味にあらためて感動することだろう。

だいこんはかなり厚めで通常の倍はあろうかという大きさだ。あらかじめしっかり煮ているため、味が中心まで染みている。

こんぶも特大で、通常のものなら6個以上あろうかというサイズになっている。かぶりつくと非常に柔らかく、昆布のうまみが口いっぱいに広がっていく。

やさいてんは人参などの野菜が練り込まれている。ぷりっと弾力があり、魚のうまみもばっちり感じられる。おまけしてくれたカレーボールはスパイシーな風味が心地よく、こちらもぷりぷりとした弾力がある。

ちくわぶは中まで柔らかく、ふわふわとした食感が素晴らしい。パックされていない「ハダカ」のものを使用しているのだろうか、歴代ベストといっても過言ではない抜群の仕上がりだった。ちくわぶファンはぜひ一度味わってほしい。

しらたきも非常にボリュームがあり、大きな結び目にたっぷりとおでん汁を抱き込んでいる。噛み締めたときに汁があふれ出し、幸福感で満たされる。

玉子はしっかり色づいているが、くたびれておらずソフトで弾力のある食感となっている。黄身は非常にクリーミーで舌の上でとろけるようだ。

やきちくわもきちんと食感と魚のうまみを残していながら、汁をたっぷり吸っていてまろやかな味わい。

つみれは揚げ蒲鉾やちくわとは異なる魚のうまみがある。魚臭さはまったくせず、なめらかな舌触りだ。

いつまでも残り続けてほしい、ぬくもりのあるお店

「昔は子どもがたくさん訪れて賑やかだったけど、ずいぶん少なくなった」と語る小倉さん。子どもの頃に通った人々が再訪することもあるが、ほとんどが北千住を離れているという。駄菓子屋は子どもたちが集まるコミュニティスペースとして存在していたが、現在はコンビニやスーパーが増え、少子高齢化の時代を迎えたこともあって、その役目を終えつつある。小倉さんもそろそろお店を閉めることを考えているそうだ。

筆者がお店を出る間際、小倉さんが飴をいくつか手渡してくれた。帰る途中に口に放り込むとやさしい甘さが広がり、彼女の「また来なさいよ」という真心が一粒ごとに込められているように思えた。

童心にかえることができ、人のぬくもりをあらためて感じることができる「小倉商店」のようなお店はいつまでも残り続けてほしいと思う。

「小倉商店」の基本情報

「小倉商店」
〒120-0026 東京都足立区千住旭町16-4
03-3882-5134
定休日:不定
営業時間:9:00~17:00

取材・文・撮影=東京おでんだね