進藤 強 Shindo Tsuyoshi
1973年、兵庫県生まれ。2012年にビーフンデザインを設立する。ユニークな建築コンセプトが話題を呼び、建築ファンを中心に“変態建築家”の愛称で知られる建築家だ。
秘密基地のような“大人の遊び場”
閑静な代々木の住宅地を奥へ進むと、細路地の先に年代物のジープが見える。進藤強さんの本拠地「SMI:RE YOYOGI」の入り口だ。一歩踏み入れれば、目に飛び込むのは建物を抜ける廊下。ただの廊下にしては様子がおかしい。まるでバーのように背の高い椅子が並んでいる。
「ここは時間貸しのシェアキッチンなんです。でも、使われていない時間は共用通路。私たちの会議もここでやってるんですよ」。
そう語りながら姿を見せた進藤さん。鉄板をあしらったカウンター、奥に見える食器棚、開閉する扉など、DIY感あふれる空間は秘密基地のようで心躍る。
「自社の持ち物件だから好き放題。大人の遊び場ですね」。
しかし、実際に借りて使っている人がいるのだから、単なる自己満足ではないはず。進藤さんがつくっているものとは、果たして?
よろず屋となった一級建築士
進藤さんは、幼少期から“変わり者”とよく言われ、それに喜びを感じる子供だった。
「美術や技術、数学といった理系が得意な一方で、文系は赤点。極端な能力でしたが、親はそれを良しとして、京都の美術大学に行かせてくれたんです。でも、入学して周囲を見渡すと、私以上の変人ばかり。彼らと比べると、自分のデザインセンスなんて普通だな、と思い知らされて」。
今でこそ、ユニークなデザインが話題を呼ぶ進藤さんだが、実はこの時点で「自分の持ち味はデザインにあらず」と感じていた。同時に、自身の適性にも気がつく。
「彼らはデザインという面では能力が高いんですが、プレゼンや金勘定といった他の能力が欠けていた。そういう人たちって結局、卒業後に自分の強みを活かせない場合も多い。一方、私はプレゼンだけはうまかった。ならば、その能力で彼らの力を活かす仕事がしたい。それってつまり、『建築家の価値を高める仕事』なんだと気づいたんです」
建築は使い倒してなんぼ。ハコよりコトで勝負だ!
卒業後は、建築設計事務所に就職。設計の実務をこなしつつ、土地やローン、営業、仲介などの不動産業も独学で習得。現在、設計事務所としてのビーフンデザインを運営する傍ら、不動産会社のSMI:REも運営。
「エアコンの故障や、水の詰まりがあれば、すぐに向かいますよ!」と胸を張る。
建物の設計で終わらず、その上流、下流の行程も手がけ、自分たちの価値を高めているのだ。
「完成後にどう使われるかが大事で、そのための仕組み作りに力を入れている。デザインは最後に趣味で頑張ってます(笑)」。
進藤さんが設計するときは、その街を歩き、足りないもの、仕掛けたら面白そうなものを考える。
例えば「SMI:RE YOYOGI」は、住居をオフィスとして使える、いわゆるSOHO物件だ。周囲には、店らしい店がない閑静な住宅地。ここで進藤さんの脳裏に浮かんだのは「この場所からミシュラン三ツ星が出たら面白い」だ。
「過去にもSOHO物件は造っていて、飲食のスタートアップをする人もいました。その多くは会社勤めの傍ら、飲食をやりたいという人。そういう人が、こんな辺鄙(へんぴ)な場所から三ツ星とるなんて、夢があるじゃないですか」。
通常、店舗を開業するには数百万から数千万の初期費用が必要で、運用のコストも安くはない。しかし、時間貸しやSOHOでのスタートなら低コストでの開業と運用が可能。それができる「SMI:RE YOYOGI」は、スタートアップにふさわしい環境だ。
「その代わり場所は悪いから、最初の売上は低空飛行。SNSなどを使って一生懸命集客する必要がある。でも、こんなに場所が悪いところでお客様をつかめるなら、その後どこに行ったってやっていけるはず。考え方ひとつなんですよ。練習問題こそ、最難問から挑むべきなんです」。
また、同じ敷地に併設している「YOYOGI ANNEX」もユニークな部屋がある。
「入居者に2つの部屋を貸すんです。で、片方は民泊として貸してもいい。その代わり、募集は自分で頑張って、泊まった人のお手伝いをする」。
自分で借主を募集し、貸し、面倒を見る。まさに大家さん体験ではないか。
「新米不動産オーナーの修業に使ってもらいたくて。“修業部屋”なんて呼んでます(笑)」。
こうしてみると、一見奇抜な建築も、実はとことん合理的だ。
「まだまだ、この建物は完成していません。常に進化を続けていますよ」
と、ニヤリ。まさに代々木のサグラダファミリアとでもいうべきか。
SMI:RE YOYOGI・YOYOGI ANNEX [代々木]
住居+店舗、事務所、民泊といった利用ができる「NICOICHI ROOM」をはじめ、時間貸しキッチン、シェアオフィスなどが混在するビーフンデザインの本拠地だ。
●東京都渋谷区代々木3-13-1
変態建築を通して広がる人の輪
進藤さんに案内され、ビーフンデザインの物件で同じくSOHOの「Dorp」を訪れてみると、不意に「あれ? 進藤さん、今日は何してるんですか?」と入居者から声をかけられた。この物件は、案内や入居の面談、管理を通して、入居者全員が進藤さんと面識がある。管理会社として頻繁に顔を出す進藤さんは、みんなの頼れるアニキなのだ。入居者のコミュニティのイベントに呼ばれたり、時には自身が開催したりもする。
「私はね、お見合いおばさんをやりたいんです。自分たちの造った建築に、オモロイ人に入居してもらって、彼らをつなげる。そこから新しい何かが生まれれば、街は今よりももっと楽しくなる。そういう広がりをどんどん作っていきたいんです」
入居者の輪をつなげ、挑戦をサポートし、一緒に夢を追う。進藤さんが設計しているのは建築という名の“街”であり、そこから生まれる“未来”なのだ。
Dorp[代々木]
リビングを店舗として使えるアパート。カフェや古着屋、レストランなど、多種多様な事業をしている人が居住する。
●東京都世田谷区代沢4-31-15
【変態建築家が惚(ほ)れる、街なか建築】
街を彩る変わったコンセプトの建築たち。
進藤さんも気になってしょうがない、注目の建築をご紹介!
※住居・オフィスとして利用されている建築物です。見学の際は十分ご配慮下さい。
塔の家[外苑前]
暮らしの息吹が宿る、狭小建築のパイオニア
建築家の東孝光さんが設計。1996年の完成以来、家族とともに暮らしてきた。地階から6階まで、仕切りがない吹き抜け。
「同居人を思いやる暗黙のルールが心地よかった」とは、娘の利恵さん。現在は次代への長期保存に向け、事務所スタッフが暮らしている。
●東京都渋谷区神宮前3 azuma-architects.com
SANGO馬喰町[馬喰横山]
シェアハウスも兼ねた、新しいカタチのSOHO
馬喰町の問屋ビルをリノベした“生活機能共有型SOHO”。
設計の勝亦優祐さんと丸山裕貴さんは「自宅兼オフィス兼シェアハウスというコンセプト」と、個室を広くとり、水回りを共用に。1階に飲食店舗、屋上テラスもあり、入居者同士の交流も盛んだ。
●東京都中央区日本橋馬喰町1-6-15 katsumaru-arc.com
取材・文=どてらい堂 撮影=加藤昌人
『散歩の達人』2022年12月号より