粉文化が根付く埼玉県で、埼玉小麦に力を注ぐ存在

江戸時代から小麦栽培が始まり、“朝まんじゅうに昼うどん”なる言葉も残るほど粉文化が根付く埼玉県。土地の水はけがよく、雪が積もらない程度の寒さにより、特に熊谷市、行田市、加須市など県北部での生産が盛んだ。農地の宅地化や後継者の減少で生産量は1980年代後半をピークに激減するも、今も全国で10本の指に入る。積雪対策が不要のため農薬使用が少ない点も魅力だ。

そんな誇るべき埼玉小麦に力を注ぐのが、県内で2社しかない製粉会社のひとつ、幸手市の「前田食品」。すごいのはその情熱と行動力で、うどん用の中力小麦が中心だった埼玉で強力小麦も作ってほしい!と、県や関係機関に粘り強く交渉。長野生まれの品種・ハナマンテンと出合い、2007年に坂戸市内での栽培までこぎつけた。2010年には「埼玉産小麦ネットワーク(SWING group)」も立ち上げ、埼玉小麦を消費者や加工業者へ周知する活動を進めている。

「以前は『埼玉の強力粉がほしい』だった注文が、『ハナマンテンがほしい』と指名されるようになりました。米の消費が伸び悩む現代、パンや麺、お菓子にお好み焼きと七変化する小麦粉の需要に目を向けなければもったいない。それなら、地域に根差した製粉会社である以上、埼玉産小麦で地産地消を広めていきたい」と、社長の入江三臣(かずおみ)さん。

粉問屋も半世紀前から埼玉小麦で乾麺を開発

粉の卸問屋にも埼玉小麦ラブな会社がある。久喜市の「土田物産」は「そのおいしさを伝えたくても粉だけでは売れない。ならばお取引先と競合しない乾麺にしよう」と、約50年も前から埼玉小麦の乾麺を生み出し、以来、自社商品を開発し続ける。埼玉小麦100%の麺は現在8商品。使う品種もさまざまで、つむぎうどん、新小麦うどん、ひやむぎは農林61号+あやひかりのブレンド、きしめんはその2品種+ハナマンテン、そうめんはハナマンテン100%、太めの地粉うどんはあやひかり100%という具合だ。「仕上げたい麺の特性に合わせて小麦を選ぶ粉問屋の目利きを大切にしながら、埼玉の小麦の可能性を探っています」と、副社長の土田康太さんは話す。

埼玉小麦を使う飲食店には、栽培からこだわるつわものもいる。所沢市の『手打うどんちとせ』は同市の中富地区に1万5000坪の畑を持ち、農林61号を完全無農薬で栽培。自前の工場で製粉まで行うのだ。「始めたのは30年ほど前。畑の環境にかかわらず同品種なら一緒くたにして売られると聞いて、自分で作ったまざりのない農林61号を、自信を持って出したいと思ったんです」とは、会長の金子登さん。もともと周囲は稲作に向かず小麦が盛んな土地柄。冠婚葬祭の本膳にうどんは必須で、“つるつる、かめかめ”と言われた縁起物。金子さんが幼い頃から食べ親しんできた農林61号は風味、のど越し、色合いが格別で、他の品種は考えられなかったという。

一方、最近はパスタ用需要も増加中。さいたま市の『生パスタ&ベーグルサンド ichi』では、埼玉を盛り上げたい一心で、食材をほぼ県内産に統一。パスタにはハナマンテンを選んだ。「コシが強くていい! ただ、風味が物足りないのであやひかりをブレンドしてます。もともと小麦の産地ですからね、いつかこのパスタで世界に出て、埼玉を有名にできれば!」と店主の角井仁志さんは熱い。新しいかたちでぐぐっと身近になりつつある埼玉小麦、これは味わわずにはいられないでしょ。

【埼玉小麦を支える人】

前田食品

埼玉小麦製粉のエキスパート!

県の地形が描かれた「ハナマンテン100」の25㎏袋。
県の地形が描かれた「ハナマンテン100」の25㎏袋。

1946年創業の製粉会社。2018年からは扱う小麦すべてを国産に、うち約6割が埼玉産。業務用商品は約40種類あり、県産小麦100%使用の家庭用「粉おじさんミックス粉」シリーズも人気。

坂戸市のハナマンテン畑。(写真提供=前田食品)
坂戸市のハナマンテン畑。(写真提供=前田食品)
大きな箱型のシフター。粉砕、分割された粉が高速振動でふるいにかけられる。
大きな箱型のシフター。粉砕、分割された粉が高速振動でふるいにかけられる。
ロール機で粉砕した小麦。白い胚乳が小麦粉になる。
ロール機で粉砕した小麦。白い胚乳が小麦粉になる。
前田食品 社長 入江三臣さん。
前田食品 社長 入江三臣さん。

『つむぎや 栗橋本店』[栗橋]

埼玉小麦の個性を活かした麺やお菓子

店は8年前にリニューアル。エキュート大宮店もあり。
店は8年前にリニューアル。エキュート大宮店もあり。

かつてあった製粉工場跡地に立つ、土田物産の直営店。麺や焼き菓子、つゆや小麦粉など豊富な商品を販売する。カフェサロンでは、あやひかりと狭山茶を使った「こ、ふぃなんしぇ」が味わえ、埼玉小麦100%の即席麺「温つむぎ」シリーズもメニューで登場する予定。

新物は7月末に出る新小麦うどん162円、つむぎうどん、きしめん、そうめん紬の糸(夏季限定)各151円、温つむぎらーめん、うどん各432円。
新物は7月末に出る新小麦うどん162円、つむぎうどん、きしめん、そうめん紬の糸(夏季限定)各151円、温つむぎらーめん、うどん各432円。
つゆバニラソフトと「こ、ふぃなんしぇ」2種付きのひとくち3種セット250円、埼玉和紅茶440円。
つゆバニラソフトと「こ、ふぃなんしぇ」2種付きのひとくち3種セット250円、埼玉和紅茶440円。
土田物産 副社長 土田康太さん。
土田物産 副社長 土田康太さん。

・JR東北本線・東武日光線栗橋駅から徒歩1分。10:00~16:00、日・祝休。久喜市栗橋中央1-17-1 ☎0480-52-5001

【埼玉小麦を味わえる店】

『手打ちうどん ちとせ』[航空公園]

こだわり品種を小麦から育てて挽く

朝と夕方にうどんを打つ2代目の金子達也さん。
朝と夕方にうどんを打つ2代目の金子達也さん。

1978年創業。29種類のうどんメニューのほか、和食セットも会席料理もうどん付き。農林61号を無農薬で自家栽培、自家製粉し、毎日打ちたてを提供する。くすんだ色味は無漂白の証し。むちっとつるっとのど越しがよい。つけ汁うどんは冷たい麺か温かい麺が選べ、濃いめのつゆには自家栽培のナスやネギがたっぷり。羅臼昆布と削りたての3種の節による出汁が豊かに香る。

1階テーブル席。席数は1・2階で約150席。
1階テーブル席。席数は1・2階で約150席。
茄子と豚肉のつけ汁うどん980円。
茄子と豚肉のつけ汁うどん980円。
住所:埼玉県所沢市若松町825-3/営業時間:11:30~15:00/17:00~21:00/定休日:月休(祝の場合は翌火休)/アクセス:西武鉄道新宿線航空公園駅から徒歩15分

『生パスタ&ベーグルサンド ichi』[大宮]

ハナマンテン麺の忘れられない存在感

丸めて寝かせたパスタ生地。
丸めて寝かせたパスタ生地。

パスタメニューは常時7~8種類で1日16食限定。麺は前田食品の「ハナマンテンブレンド」と岩槻の当摩養鶏場の卵、オリーブオイルのみで手作りされる。幅約1㎝の平打ち生麺でもっきゅもきゅの忘れられない食感だ。ペペロンチーノとカルボナーラを合わせたペペさい玉には日進ハム三芳工場のあらびきのソーセージがゴロゴロ。この冬は同じ生地で作るラザニアも登場するそう。

10代からイタリア料理店で働いていた店主の角井仁志さん。
10代からイタリア料理店で働いていた店主の角井仁志さん。
濃厚でピリ辛な、ペペさい玉1180円。
濃厚でピリ辛な、ペペさい玉1180円。
住所:埼玉県さいたま市見沼区御蔵1432-17/営業時間:10:00~18:00(パスタは11:00~。金・土は~22:00)/定休日:日・月/アクセス:JR各線・私鉄大宮駅から国際興業バス「浦和美園駅西口」行きなど15分の「日大前」下車すぐ。

取材・文=下里康子 撮影=井上洋平
『散歩の達人』2022年12月号より