妄想だったはずが、にわかに現実に

切通理作さんが『ネオ書房』を引き継いだのは、2019年のことだ。

「店の前を通るたびに、もしこの店を引き継いだらっていう妄想を妻に話していたんです。古本屋に行くと店内にいる間だけ、こういう店を自分でやってみたい、という妄想に駆られることがよくあるんですね。店を出たら忘れてしまうんですが」

実家が阿佐ケ谷だった切通さんは、小学生のころ、貸本屋だった『ネオ書房』をよく利用していた。品揃えは漫画中心で、何十円かで借りて、翌日か翌々日に返す仕組みだったという。店はのちに古書店となって10年ほど営業していたが、閉店することになる。

旧『ネオ書房』の大切な記憶。貸本屋時代の会員証。近所に「ネギシ読書会」という貸本屋もあったという。
旧『ネオ書房』の大切な記憶。貸本屋時代の会員証。近所に「ネギシ読書会」という貸本屋もあったという。

「閉店の貼り紙を見て、最後のチャンスだと思いました。妻にも背中を押されて、店主の梶原さんに声を掛けて引き継ぐ話が始まったんです。地元で定着しているので、名前もそのままで」

奥様の香奈子さんは「自分が店をやったらこうするっていう話をずっと聞かされていたので、反対ではなかったです。わりと賛成でした」と話す。

『ネオ書房』の在庫に切通さんの蔵書を加えて、新生『ネオ書房』は開店した。今では、店内の品揃えの傾向を見て、買い取りの持ち込みもあるという。

店内最奥は店主の沼ゾーン。切通さんの専門分野である映画や特撮コーナーは、さすがに熱がある。
店内最奥は店主の沼ゾーン。切通さんの専門分野である映画や特撮コーナーは、さすがに熱がある。

「品揃えについては、お客さんからの買い取りなどで、自然の流れに任せています。雰囲気が保てていれば、それほどこだわらない。店主の美学が追究されているというよりは、ちょっとアバウトで、つけ入る隙があったほうがいいと、僕は思っているんです」

店先には10円ゲーム機を置き、店内には駄菓子もある。親子連れにも人気だ。門戸は広く開けている。

今となっては貴重なゲーム機。中古ゲーム機をリースしている。駄菓子と共に、切通さんの夢の結実。
今となっては貴重なゲーム機。中古ゲーム機をリースしている。駄菓子と共に、切通さんの夢の結実。
入り口すぐに駄菓子売場。開店当初から置きたかったという駄菓子。子供たちを誘い入れる。
入り口すぐに駄菓子売場。開店当初から置きたかったという駄菓子。子供たちを誘い入れる。

「昔の知り合いや、同じ地元でも用がないと会わない人が、訪ねてくるんですね。店を開けて僕がここにいるから、アポがなくても立ち寄っていい。ふらっと来て、なんでもない話をする。そういう付き合いがあるんだなって気づきました」

場を開くことで、人が集まる。本が結ぶ、ゆるやかなつながりがある。

住所:東京都杉並区阿佐谷北1-47-11/営業時間:15:00~20:00/定休日:木/アクセス:JR中央線阿佐ケ谷駅から徒歩5分

取材・文=屋敷直子 撮影=原 幹和
『散歩の達人』2022年11月号より

古本屋さんにとって、お客さんからの本の買い取りはとても大事だ。古書組合の市場で入札して競り落とすこともあるけれど、やはりお店の近くに住む、地域のお客さんが売ってくれる本が、その方向性を決めるのである。買い取りの本を土台として、それぞれの色を出していくのが、古本屋さんの腕の見せ所といえるだろう。なかでも特に、街の性格みたいなものを肌で感じられる東京の古本屋をご紹介。街を知るには、まずは古本屋を巡ろう!
新刊、古書店に限らず、本屋さんは集まれば集まるほどよい。置いてあるものは、みな同じ本ではあるが、その並べ方や、古書店なら価格のつけ方によって、店ごとに必ず個性が出てくるからだ。結果、お客としては書店めぐりをする楽しみが増す。違った種類の好奇心が刺激され、行く先々で本を買い、疲れたら本のあるカフェで一息つく。……というような本にまみれた幸福な一日を、 ぜひ下北沢で。
森下から清澄白河にかけて古書店が点在している。各店それぞれに品揃えが違い、飽きることがない。集まれば集まるほど個性が際立つ、それが本屋さん。スタンプラリー感覚で、いざ古書の海原へ。