いろいろ味変できて、ご飯も一緒においしく食べられる楽しみ
JR新橋駅を烏森口方面に出て徒歩4分。開店前の『らーめん 谷瀬家』には、早くも10名ほどの客が列を成していた。この店は日夜、行列が絶えない繁盛店なのだ。ガッツリ濃厚な家系ラーメンは男性人気が根強いが、男性に交じって女性の一人客も並んでいる。
店頭に設置された券売機のメニューを見ると、らーめん700円にプラス100円で、チャーシュー1枚とのり2枚増量で味玉半分が付く。となれば、迷うことなく特製らーめんに決定! 食券を購入して列に並び、しばし順番を待つ。
店内に案内されたら食券を店員さんに渡し、麺の硬さ・スープの味の濃さ・油の量の好みを伝えて席に着くと、目の前に「谷瀬家の喰らい方の極意」なるものがあった。
順を追って読んでいるうちに、特製らーめんが運ばれてきた。では、いただきます!
「極意」に倣って、まずは鶏油入りの豚骨醤油スープをひと口。家系ラーメンの魅力でもあるスープの濃厚さや豚骨の旨みが感じられる一方で、意外とスッキリしていて、これは食べやすい。
「新橋で働いている人のなかには年配の方も少なくないので、家系だからといってあまり濃い味にはせず、スープや醤油ダレ、油の分量などのトータルバランスを意識してつくっています。食べ飽きさせないように改良を重ね、週に何度も食べに来ていただけるような店を目指しています」と総大将(店主)の谷瀬茂希さん。
厚切りチャーシューは豚もも肉を使用しており、やわらかくてとってもなめらか。スープの味もトッピングも、常に試行錯誤をくり返してブラッシュアップしているそうだ。
「うちのラーメンはご飯に合うようにつくっているので、ぜひ一緒にどうぞ。終日無料で、おかわりも自由なんで」と谷瀬さんにおすすめいただいたので、サービスのご飯も注文。早速、「極意」其の六に記されている食べ方を試してみよう。
卓上サービスのカッパ漬けをご飯の上にのせ、スープと鶏油をしみ込ませたのりで巻いて食べると、ううう、うまい。まわりから、ご飯のおかわりや大盛りを頼むお客さんの声が聞こえてきて、おのおのの食べ方でラーメンライスを楽しんでいるようだ。
卓上には黒コショウ、おろしニンニクと無臭ニンニク、一味の醤油漬けがあり、豆板醬と生姜は店員さんに頼むと出してくれる。ラーメンがおいしいだけでなく、自分好みにアレンジしながら食べるのも楽しいのだ。
店員さんのさり気ない心遣いに感動&感謝
このお店、ただおいしいだけではない。店員さんがとにかく親切で、彼らの心遣いに感動を覚えた。その親切ぶりは、店に入る前から伝わってくる。まず入り口にはウォータージャグと紙コップが置いてあり、「麦茶~!! ご自由にどーぞ!!」と、長蛇の列に並んで待つ人への配慮が感じられる。ラーメンを食べ終えたあとに、この一杯でのどの渇きをいやすこともできる。
店頭の貼り紙には「味の好み」の選び方が、誰にでもわかりやすいように案内され、店内で食券を手渡すと、よく通る気持ちのいい声で「お好みはありますか?」と聞いてくれる。一見さんでもこうして自分の好みを伝えやすいのは、実にありがたいことだ。
卓上の調味料の使い方がわからず、筆者が戸惑っていると、スープを仕込んでいる最中のスタッフがその手を一時止めて、「これは総大将が仕込んだ特製の一味の醤油漬けで、ご飯にのせて食べるとおいしいですよ。激辛なんで、はじめはちょっとかけるくらいで……」とやさしく教えてくれた。
着ていた白いシャツにスープが跳ねないよう気をつけながら麺をすすっていると、紙エプロンをスッと差し出してくれたのにはおどろいた。さりげない気配りに、めちゃくちゃ感動! スタッフみんな、お客さんのことをよく見ているなあと感心しきりで、行き届いた心遣いがあちこちに感じられるのだ。
応援と感謝の気持ちを込めて、「家で腹いっぱい喰ってけよ」
店主の谷瀬さんは10年ほどの間でさまざまなラーメン店で修業を積み、家系ラーメンの名店『武蔵家』の総大将・三浦慶太氏より免許皆伝を受けて独立。2008年に『らーめん 谷瀬家』を創業した。
そのうち、知人に物件を紹介してもらい新橋に店を構えることになった。隣にはオープン当時から競合のラーメン店があったが、「お客さんにおいしいラーメンを食べていただけるように日々精進して、感謝の気持ちを持っていれば、おのずと結果はついてくると思っているので、まったく気にならなかったです」と谷瀬さん。ただ、おいしいだけではお客さんは店に来てくれないと考えていて、お客さんの満足度を上げるために接客には力を入れているという。
「近隣で働いている方も多いので、特にランチ時はなるべくお待たせしないように心がけたり、『午後もがんばってください』と声をかけたり。『お腹いっぱい食べてがんばりましょう!』という思いがあって、ご飯のサービスを続けています」。『らーめん 谷瀬家』の魅力をどのようにお客さんに伝えるか、谷瀬さんは常にラーメンのおいしさプラスアルファのことを考えているのだ。
谷瀬さんに話を伺うなかで、吉田兼好の「徒然草」の一文が頭に浮かんだ。「食は、人の天なり」に続けて、「おいしい料理をつくる人は、大きな徳を持っている」と書かれている。谷瀬さんはきっと、おいしいラーメンをつくれるように修行を積んでいる間に、徳も一緒に積んできた人なのだろう。
常連さんと思しき人たちが店員さんに「ごちそうさま」と声をかけて店をあとにする時、ふと笑顔を見せていたのがなんとも印象的で、「愛されているお店なんだなあ」としみじみ思った。
何度も足を運びたくなる店には、また会いたい人がいて、応援したくなる。そう思わせてくれるのが、『らーめん 谷瀬家』なのだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ