小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「鍋の締めはうどん」は最近の用法!?

小野先生 : 「締め」は、最近注目していることばです。たとえば『広辞苑』第7版には、次のようにあります。

①しめること。しめつけること。

②数を合計すること。また、合計した高。〆。総計。花暦八笑人「たしか―は三百五六十でござりましたが」

③決着。しめくくり。

④手紙などの封じ目に記す「〆」の字。

⑤たばねたものを数える語。半紙一締めは10束すなわち100帖、2000枚。

注目は「③決着、しめくくり」の意です。

「鍋の締めはうどんだ」

「締めのあいさつ」

など、「終わり」を示す用法は、同じく『広辞苑』第4版、1991年刊行のものには載っておらず、近年になって登場したことがわかります。なぜ、新たな用法がうまれたのか……。

筆者 : 「三本締め」や「一本締め」というのがありますよね? そのあたりから来たのではないのですか?

小野先生 : 手を打つ風習自体は古くからあったようですが、それを「三本締め」「一本締め」と言う古い例がないのです。「締める」≒「終わる」の意味を帯びた後に、できたことばでしょう。
「締め」の元はわかっていないのですが、辞書に「②数を合計すること。また、合計した高。〆。総計。」とあります。会計で取引の区切りを付けて、売上や利益を確定することを「(会計を)締める」と言いますね。
月の終わり(月末)や期の終わり(期末)には、「締め」があります。そのことから、「締め」と「終わり」がつながったのではないでしょうか。
便利な業界用語は、しばしば一般用語として広まっていくことがあります。

「締め」は時間と空間をまとめることば

筆者 : 「締め」と「終わり」では、微妙な違いがありますよね?

小野先生 : 「袋の口を締める」というように、「締める」には、「絞るようにして閉じる」といった意味があります。単なる「終わり」だけでなく、それまでのことをまとめあげるようなニュアンスを持っています。しっかりとしたまとめがないと、「締まりがない」などと言われます。
そもそもは、「しめ縄(注連縄)」などの「占める」、「戸を閉める」の「閉める」も同源です。
そのことから、「終わり」は時間の流れのなかでの終了、「締め」は時間とともに空間的なまとめに重点を置く、といった違いがあります。
ここでいう空間とは、場の雰囲気や人の気持ちなども包括しています。
「鍋の締めのうどん」は、それ自体が美味しいだけでなく、それまでの食事やお酒、会話などをまとめあげ、楽しい思い出として終わらせるものでなければなりません。

筆者 : 説明は難しいけれど、古くから確かにあった概念ではないでしょうか。適当なことばがないなか、新しく端的に表現したのが「締め」なのですね。味わい深い!

まとめ

「鍋の締めはうどん」といった「終わり」を表す「締め」の用法は、最近になってからうまれたものだ。理由は不明だが、「会計の締め」などビジネス用語が一般化した、とするのが小野先生の説。

「終わり」は時間的な終了を意味するのに対し、「締め」は時間に加え空間的(場の雰囲気や人の気持ちを含む)を表す。「鍋の締めのうどん」は、それまでの食事や会話を楽しくまとめ上げるものでなければならない。

以前はことばで説明できなかった概念を、「締め」の二字が端的に表現している点がおもしろい。

取材・文=小越建典(ソルバ!)