オープン当時は珍しかったドイツの黒くて酸っぱくて固いパン
東急の目黒線と大井町線が交わる大岡山駅周辺は、パン屋の密かな激戦区。その大岡山で2004年からドイツパンを中心とした品揃えで、着々と信頼と人気を得ているのが『ショーマッカー』だ。
「オープン当初はドイツパンといえば、黒くて硬くて酸っぱいというイメージでした。いいイメージを持つ人は少なかったですよね」と話すのは店主の清水信孝(しみずのぶたか)さんだ。
近頃、サワードウなど小麦粉などから酵母を起こし、酸味のあるパンがパン好きの間で人気が高まっている。しかしそれはほんの数年の話だ。
『ショーマッカー』がオープンした当時、天然酵母のパンは注目されていたが、その中でもライ麦や小麦と水だけで酵母を起こす方法を推し出すパン屋は珍しかった。増して、ライ麦を多く使うドイツパンを専門とする店は都内に何軒かあった程度だ。
ドイツで2年修業。師匠の名前を暖簾分け
清水さんは食品科学工学を専攻した大学時代にパン屋でアルバイト。その後ドイツ菓子の会社に就職し、傘下の店で主にフランスパンを焼いていた。
白い小麦粉や砂糖、バターをたくさん使うパンが多かった。「原料はお菓子と同じ。たくさん食べても大丈夫なのか」と清水さんは疑問を持った。
一方で港区赤坂にあった店には外国人が多く訪れていた。しかし数種類焼いていたドイツパンを、客のドイツ人がほとんど手に取らない。「この店で焼いているドイツパンは、本当のドイツパンとは違うのかもしれない」。本物のドイツパンを知ろうと渡独を決意した。
そのときドイツで受け入れてくれた店がドイツ北西部の町にある『ショーマッカー』というパン屋だったのだ。厳しい基準があるというビオの認証を持つパンを焼く店で、8店舗を展開する中規模のパン屋だ。
現地で2年修業し、レシピと経験を獲得。師匠であるショーマッカーさんからのれん分けを許され、分けてもらった酵母とともに帰国。『ショーマッカー』の大岡山店として店をオープンした。それ以来、一緒に帰ってきた酵母を継ぎ足しながら守り、作り方はもちろん、ドイツからビオの材料を送ってもらって、ショーマッカーさんの味を大岡山で再現している。
常連客が増えるまで時間はかかったが、ドイツパンのよさは健康志向の高い人を中心に徐々に浸透した。白米よりも玄米を選ぶように、ライ麦の入った黒っぽいパンを嗜好する人や、ライ麦で起こした酵母のせいか、「お腹の調子がいい」という人も現れた。定期的にやってきて、一度にたくさんライ麦100%のパンを買っていく都内在住ドイツ人の常連客もいる。
食べるとハマるライ麦100%のパン
現在『ショーマッカー』では毎日25種類ほどのパンを焼いている。一部バゲットやロデヴのようなフランスパンもあるが、ほとんどがドイツのスタイルだ。クリームパンやドーナツのような子供たちのおやつに向いたパンは置かず、食事パンばかり。『ショーマッカー』では、そもそも材料として卵、牛乳、砂糖を置いていない。
ロゲンブロートは、清水さんがドイツでの修業中、来る日も来る日も焼いていたというライ麦100%のパン。
生地を顔に近づけると酸味のある香りに気が付く。表面は焼き色が強く黒っぽく、見た目は力強い印象だが、耳の部分は薄いので食べやすい。口に入れるとほんのり酸味を感じ、初めは舌の上で少しボソっとした食感だが、噛んでいるうちにほどけるかのように口の中に広がっている。スライスしてハムやチーズと一緒に食べるのがおすすめだ。
ドイツパンの中でも、独特の形でよく知られるプレッツェルは人気のパンのひとつ。程よい塩味で、さっぱりしている。特に細い部分はパリっとした食感が楽しい。太いところも噛んでみるとサクサク。ビールとも合うが、子供たちも食べやすい。
ライ麦と小麦をミックスしたパンはライ麦が50%と30%のものがある。ライ麦入りのパンを初めて食べる人は30%から試してみるといいだろう。小型でナッツやドライフルーツ入りのパン、オブストは生地もほんのり甘く、口どけもいい。クランベリーなどフルーツの甘酸っぱさがアクセントになっている。
今や、常連客も多ければ、通販での注文も途切れない。ドイツパンは作るのに時間がかかるが清水さんはオープン以来1人でパンを焼いている。「師匠のショーマッカーさんには、弟子をとったらどうだ?と言われるんですよ。でも目の届く範囲で全部自分が手がけたパンを店に出したい」とビジネス拡大は今のところ予定していないとのこと。今後も『ショーマッカー』のパンは、日本では大岡山店だけで焼き続けられるようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり