映画館「吉祥寺ヲデオン」から線路沿いの脇道に入ると、風向きによってスパイシーな香りが漂ってくる。熱した油に様々な香辛料が爆ぜる、インドの街角を彷彿とさせるたまらなく食欲を刺激する香りだ。

香りを頼りに歩くと、すぐ右手に木製のブランコがある入り口が見える。丸い嵌め込み窓にカラフルなランプやドアノブも、どこか木製の漁船を思わせるような外観だ。店内は、オープンキッチンを12のカウンター席が取り囲んでいる。

店主の吉岡健さんは、2011年頃から本格的なインド料理を学び、地方によって様々な特色があるインド料理の中でも、南インド料理に魅せられた。

南インドのカレーはココナツミルクを使用した料理や、豊富な漁場で獲れた魚介を使ったカレーがあるのも特徴だ。カレーは小麦で作ったナンではなく、米で食べる。脂質や糖質の少ないヘルシーなインドカレーとしても注目されている。

築地で生まれたマグロカレー

「築地から鮮魚を仕入れ、試作を重ね築地市場内でマグロのカレーを振る舞ったりして完成したのが始まりです」と、吉岡さんはマグロカレーについて説明してくれた。

「南インドのカレーには魚を使ったカレーもありますが、マグロはあまり聞きません。マグロの旨みを生かしてカレーを作りたいと思っている時に、築地にあった、まぐろの仲卸『まぐろ藤田』さんとご縁ができました。“かぶと”とはマグロの頭のことなんです」

『まぐろ藤田』とは、名だたる高級寿司店や和食の料理人を顧客に持つ、まぐろ専門の仲卸業者だ。扱うマグロはもちろん一級品ばかり。

吉岡さんは、そんな『まぐろ藤田』の店内に鍋やコンロを持ち込み、マグロの頭を使ったカレーを作った。「店の皆さんや、周りの業者さん、買い付けに来ている料理人さんにも食べてもらいました。味見してもらいながら、改良を続けてやっとマグロのカレーが完成しました。あの時、築地で振る舞ったマグロのカレーが、この店の原点です」。

カレーが麺でも味わえる

そんな吉岡さん苦心のインドカレーが、ここでは麺でも味わえる。

「インディアンマサラそば」の中でもマイルドな辛さのマグロマサラカリー1020円を注文してみた。テーブルに並んだのは、麺の丼とカレーの丼、そしてマグロのスープだ。麺にカレーを加えて混ぜて食べる「まぜそば」でも、麺をカレーやスープにつけて食べる「つけ麺」でも、スープを加えて「ラーメン」としても味わえる。

麺は全粒粉を加えた中太の縮れ麺。麺に乗っている野菜は南インドの野菜の炒め煮「ポリヤル」だ。ニンジンやジャガイモなど季節の野菜をスパイスや油で香ばしく炒めている。さらに、この麺にも3種のスパイスがかかっている。

まずは、麺にカレーを加えて「まぜそば」として、いただく。縮れ麺にカレーが良く絡み、野菜の歯ごたえも良く、鼻に抜けるパクチーの香りも爽やかだ。カレーにトマトの酸味があるので重たくない。カレーに入っているマグロの部位は赤身。表面がパサつかないように焼き、身もふっくらと、旨みを閉じ込めた。カレーの基本となるスパイスは、必要なものだけ厳選し調合しているそう。スパイスが余計に混ざることなく、際立った味になる。

まぜそばで味わった後は、マグロから出汁をとったスープをかけて、ラーメンとして食べて欲しい。さらにスープが余るようなら、ご飯を追加するのもおすすめだ。(1杯100円)。ごはんは5分搗きの玄米で食感もよく、クミンやカルダモンといったスパイスを加えているので香ばしい。カレーに合うご飯を探して、このスタイルになったのだそう。

カレーを麺で食べる「インディアンマサラそば」はこの「マグロマサラカリー」以外、現在5種類。辛さを欲するなら「マグロのタマリンドフィッシュヘッドカリー」をすすめたい。マグロの頭を豪快に使ったフィッシュヘッドカリーで、南インドのチェティナッド地方の作り方、そのままに仕上げている。

取材・文・撮影=新井鏡子