オムライスの概念を覆す、ふんわりとした白い山
名物の「鉄板ふわふわオムライス」はテレビや雑誌などで数多く取り上げられてきた店一番の人気メニューだ。オーダーするとすぐに卵を撹拌する音が始まり、その音を聞きながら待つこと約7分。運ばれてきたオムライスは想像していた以上にこんもりと盛り上がっていた。
ふわシュワでやさしい味。食感が変化する楽しさも見逃せない
白い山にスプーンを入れてみると、思ったとおりふんわりやわらかな手ごたえ。ひと口いただくと、厚みのあるメレンゲ状の玉子と固めの炊き具合のチキンピラフが口の中で混じり合う。やさしい塩気の玉子は、口の中でシュワシュワと溶けるような食感で、ベジブロスと呼ばれる野菜の出汁で炊いたピラフは噛むごとに味わいを増していく。
食べすすめるうちに玉子が徐々に沈み始める。そうすると今度は玉子とピラフが混ざりやすくなり、玉子とピラフはしっとりと濃厚な味わいに。ほんのりチーズの香りも感じた。
時間の経過とともに変化する食感や味わいも魅力のひとつ。熱々の鉄板にのった玉子は、時間が経つとうっすらきつね色のお焦げができる。カリッと香ばしく、ふわシュワとはまた違った食感が楽しい。
見た目はボリュームたっぷりに見えるが、使用する卵は一人前につき1個。玉子がふわふわと軽く、チキンピラフもケチャップなどを使わない繊細な味わいだったので、ぺろりと完食してしまった。
撹拌方法、秘密の塩…ふわふわ玉子には工夫がいっぱい
オーダーが入ると、全卵をカップに入れて泡立て始める。卵白のみならばピンと固く立ったメレンゲを作るのは簡単だが、全卵の場合はそうはいかない。ではどうやってふんわりとした玉子を作っているのだろうか。
湯煎しながら2分ほど卵を泡立てると、徐々にかさが増え「固まる」という感覚の後、逆に少しゆるくなるのだという。これを合図に今度は湯煎を外してミキサーのみで撹拌する。
季節によっても変化するが、全部で6〜7分撹拌することでこんもりと厚みのあるメレンゲができあがる。これなら真似できそう!と思う人もいるかもしれないが、難しいのは泡のもち。卵と塩が混ざることで卵のコシがなくなり、すぐに泡が潰れてしまうという。
「なんとか泡もちをよくできないか」と考えた末、店主の原さんが思いついたのは、塩そのものにコーティングをすること。試行錯誤の結果、昆布水で塩をコーティングしてみたところこれが大成功!全卵でも泡の持ちがいいメレンゲができるようになった。
この特殊な塩は一冬かけて作るとのこと。「秘密というより手間と時間がかかるので、真似する人なんていませんよ」と原さんは笑う。
焼いた鉄板の上にピラフを置き、その上にチーズをのせてバーナーで炙る。いい香りがしたところで、メレンゲ玉子をたっぷりかけて出来上がり!
できる方法を探してできあがった店とオムライス
もともとは一流ホテルで約28年間、シェフをしていた原さん。プリンスホテルでは飛天の間を担当。和洋中の料理だけでなく、パーティーの華である氷の彫刻も得意としていた。その後ヒルトンホテルに移籍し、インド、シンガポールなどのアジア料理の技術も習得。ところが突然転機に見舞われる。車の追突事故に遭い、後遺症でフライパンを振れなくなったのだ。長いリハビリ期間中、将来について深く悩んでいた原さんに、「できる方法でお店をやろう」と提案したのは妻のちえさんだった。
駅からちょっと離れた場所に店を構えたのは、客の人数が多すぎず、調理時間に余裕を持てるようにという理由から。メレンゲで作るオムライスもフライパンをあおらずに作るための工夫だった。
それでも思ったように調理できないことを悩んでいた原さん。療養で行った湯治場で知り合った方に「しっかり育てた野菜は、シンプルな味付けでも美味しいよ」と教わり、縁のあった農家さんにお願いして野菜を送ってもらえるようになった。
そして、丁寧に作られた野菜と向き合い、健康的でおいしい料理を作ることを考え始めた。捨ててしまうような皮や葉には、実は一番栄養が含まれている。乾燥して水で戻してベジブロスに、野菜や果物をまるごとミキサーにかけて酵素ジュースにと、さまざまなアイデアも生み出した。
「Ail noir」はフランス語で「黒にんにく」、日本語の「愛のある」をかけている。リハビリ中に出会った健康食品の中でも特に効果があると感じ、店のメニューにも取り入れたほどだ。
料理に対して深い経験を持ち、工夫を重ね続ける原さん。これからもおいしくて笑顔になれる健康的な料理を食べてもらいたい。そう話していた。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ